<   2010年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧

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  たゆたひて海にゆくとも思ほえず身をかがめ見る春の四万十川


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■なべて春なり・・・

 もう十年あまり前のことである。

 小津高校(高知市)の国語科教員仲間が四万十川へ出掛けた。岸に菜の花の咲く四万十川は、たっぷり水をたたえて流れているようにも見えない。身を低くして見ると、川はいよいよ広く、更に豊な流れとなる。

 古希を迎えた今、出掛けて行っても「天地はなべて春なり四万十川のはるけき川面を雲動きゆく」という気分にひたることが出来るであろうか。

 この歌は私にとって、思い出の四万十川である。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和11年生まれ。
 高校教諭。
 「個性」「南国短歌」会員。
 現住所:高知市
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[代表歌鑑賞]        

■第9回上林暁忌短歌大会 特選

  あしたのため今日を生きにし若き日のあしたに老後の今日はなかりし

・上林暁氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 秋が深まる頃、鮎が産卵のため川を下る。赤鉄橋の上流の通称小畑辺りが産卵の場所。

 その落ち鮎の喉をふさぐまで胎子の詰まったものが夕餉の皿に載る。「口開きたり」に何か喘ぐ程の切なさを見て、あわれさに胸を衝かれている。

 母性の揺らぎである。(大滝) 
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  冬枯れの四万十川よりほのか流れ来る海苔の香やさし初春の朝


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■四万十川、冬の風物詩

 四万十川河口の私の家の前は、毎年青のり採りで賑います。

 中州の葦は枯れ枯れていますが、海苔の香りが初春のやさしい風にのって、あたり一面にただよってきます。

 ときに、白鷺佇む静かな川で、のり採りに励む里人たちの姿は、一幅の絵の如く、四万十川、冬の「風物詩」のひとつです。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正12年 東京生まれ
中村高等女学校卒業。主婦。
「やまなみ」会員。
現在は、四万十市在住。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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  しらす漁終りて川は静まりぬ漁火一つ波間に漂う

 白子はちりめん雑魚ともいわれ、「いさぎ」や「まいわし」「かたくちいわし」などの幼魚に、白魚や鮎の幼魚まで混じったものをいう。これを浜で干しあげたものを白子干(しらすぼし)という。

 その白子漁も終わり、波間に漁火の漂っているのが認められた。

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)
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  梅雨時の四万十川を走る疲れ身にすずしく語る合歓の花風


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■営業マンの悲哀・・・

 梅雨の頃、四万十川沿いの道を、ひとり処もなく走る営業活動は疲れるもの。

 こういう日が続くと、身も心も重くなり、気力も萎えぐったりとなる。ハンドルを持つ手の疲れに車を止めて、歩いて沈下橋を渡ってみた。川沿いの合歓の花に癒される。

 雨がしとしと降る中、成果も出ず、ひとり寂しく、四万十川の道を走りつづける中年の営業マンの悲哀に、合歓の花風が、やさしく語りかける四万十川のサラリーマンの風景。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]
a0051128_7105967.jpg 昭和37年 いの町生まれ。
 Uターン後現在も いの町在住。

【所属グループ】
・焼畑による山おこしの会
・NPO土佐の森・救援隊
・194元気塾
・こうち元気者交流会
・スローフード高知
・わしの里元気村
・おおのたまらん田守(タッシュ)村
・いの町グリーンツーリズム研究会
・NPO高知龍馬の会

『自然の中で、皆と、楽しいことをしながら、酒を酌み交わすことが好きな男です。里山文化、自然の循環、美しき風景、田舎暮らし、酒、対話、田舎の魅力を発信していきたいですね』

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【写真】重き荷を背負うて沈下橋を渡る。
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  あおさのりのかをりのたちて食卓に家族それぞれ抱く四万十川


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■四万十川に心を残して・・・

 2006年9月高知に行った折り、どうしても都合がつかず、四万十川に心を残して帰ってきた。

 ある日、お土産のあおさのりを味噌汁にふわっと放して食卓に出すと、あおさのりの香がたって、家族がその香りの中に、たゆたっているような雰囲気になった。

 釣好きの夫は川魚の種類や魚影の濃さを、息子達は川遊びや、川沿いのドライブを、私は赤い鉄橋や沈下橋、朝霧にけむる川面のことを・・・

 そして何よりも、このあおさのりを育む清流に思いを馳せた。

 その日の食卓の話題は、当然のことながら家族それぞれの四万十川の風景を語り合った。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]  お便り

■私は「熾」の会員で・・・

 沖ななも代表から四万十川百人一首のことを伺い、応募いたします。

 なかなか四万十川には行くことはできないのですが、高知のお土産で四万十川の「あおさのり」を我が家の食卓に出したときに作った歌です。このような歌でもよいかしら・・・と思いつつ、四万十川の歌ということで応募させていただきます。よろしくお願い、いたします。(平賀)

◆沖ななも氏の【四万十川百人一首

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第17回)より)

 国際ソロプチミスト幡多賞
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[ひとくちメモ]

■「熾」の会  代表:沖ななも

 私たちはなぜ歌をつくるのだろうか。人は、だれでも自己実現のために生きているといってもいい。そのために私たちは、歌という手段を選んだ。作歌という行為を通して自己を見つめ、よりよく生きるために歌を選んだ。

 私たちは、いまを生きている。二十一世紀というあたらしい世紀に入って早くも四年目に入った。世界では不穏な出来事が多発している。否応もなく日本もそれに巻き込まれ、そしてわたしたち個人のレベルでも、けして他人事ではない切実な問題になっている。

 そうした時代に私たちに何が出来るのか。大上段に構えるわけではない。人としてどう生きるか、人間とはなにかという根本的なことを考えながら歌い続けたい。

 ここに同志が集い、新しい集団を作った。ひとりひとりの力は大きくはないかもしれないが、互いに競いあい、励ましあい、磨きあげつつ、互いに高めあっていきたい。

 「熾」とは盛んに起こる火のことである。広辞苑には「燠」と並んで載っている。「燠」は、今の若い人たちにはわからないものだろう。むかし火鉢を使っていたころ、灰のなかに残って翌日の種火になったあの火である。私たちの心の中には、いつでも燠のような詩心が埋もれているはずだと思う。誰の心にも詩がある。それを大事に守りながら、いつか盛んに燃える火に育てたい。

 詩の心は、自動点火はかなわない。スイッチ一つで火がつくこともない。素朴な地味なそして真摯な行為で、じっくりと自分の心に火をつけなければならない。自然に起き上がってくる、火を欲する心を大切なものだと思う。

 作歌をするということは、ホームランを一本打てばいいということではない。さまざまな人生の中で、確かな着実な足跡を残していきたいと考えて、ここに「熾」を創刊するものである。(「熾の会」HPより)
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  ゆうるりと流れ淀める四万十の淵の鰻よつつがなきかや


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■もう土佐を出て長い年月が経ちました・・・

 紅顔の美少年??だった小生も、はや古希を過ぎること4歳、いまや厚顔の否少年です。

 育ちは四万十市中村よりはずっと東、仁淀川に面したいの町波川です。小生の場合は仁淀川に育てられたようなものです。

 いま関東の都会にいて、やはり故郷の清流にはこころ惹かれます。神奈川県にも相模川や酒匂川のような川はありますが、とても清流と呼ぶほどのものではありません。土佐のような清流は関東では見ることができないのです。

 子供の頃は幡多というと、大変遠い所のように思ってました。戦争中でもありますし、行ったことがなかったのです。

 幸い壮年期には、仕事で何回か中村を訪れる機会がありました。高知の追手前高校時代の学友とも再会し、四万十川・足摺岬・入野の松原・大堂海岸などを経巡り歩きました。

 幡多地方のように美しい所は、日本中でも、そう多くはないと思います。そしてその中心に四万十川があるのですものね。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]
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 無頼の経営コンサルタント(小規模企業の事業主さんのサポーター)

 話は飛びますが、故山原健二郎先生には旧制城東中学で国語を習いました。この旧制中学は新制追手前高校の前身です。

 小生の文学愛好の種は山原先生にあったのだと思っています。(寺田ゆたか)

◆山原健二郎氏の【四万十川百人一首

 また、その頃偶然に平井保喜(康三郎)先生の『平城山・九十九里浜』の楽譜を手に入れ、北見志保子という歌人をはじめて知りました。

「人恋ふはかなしきものと・・・」 「いにしへも夫に恋ひつつ・・・」など、かなしい歌だなぁとは思いつつ、歌曲そのものも愛唱したものです。

 当時は、彼女がどうゆう人かも知らず、その経歴等を知ったのは、ごく最近のことです。

 小生も長年土佐の地を恋いながら、色色な事情で帰れなかったこともあり、宿毛小学校にある北見志保子の歌碑は、小生の心に沁みる歌です。

  山川よ野よあたたかきふるさとよこゑあげて泣かむ長かりしかな

 この歌を読むと何時も泣けます。ま、小生の場合は、ふるさとの山ふるさとの川、というのは仁淀川と伊野の山々ですけどね。

◆北見志保子氏の【四万十川百人一首
土佐紀行・仁淀川編(四万十川通信)

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[代表歌鑑賞]        

 手攫めばかわゆき鋏ふり上げて鋏まむとする四万十の蝦
 四万十川(しまんと)の水面(みなも)に写る鉄橋の赤きが夢に揺れて目覚めき
 四万十川(しまんと)のゆたけき流れおもほえば亡き学友の声もきこゆる

■四万十川の四季

「春」 うらうらと春陽かげろひ橋をゆく二人へんろに川はほほえむ
「夏」 川下るカヌー楽(たぬ)しも沈下橋くぐれば冷やと風が吹きくる  
「秋」 秋あかね川面に群れて空の青日ごと深まる季(とき)をいとしむ 
「冬」 『藤娘』ぬるくあたため友を待つ川面に消ゆる雪眺めつつ 

 ◆『藤娘』の【四万十川百人一首】(尾崎清氏)

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[自然文化遺産]

■四万十川・川漁師の風景 しば浸け漁
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 ◆四万十川・川漁師の風景(「四万十川通信」より)
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  「おい急げ」水越え始む沈下橋児ら渡らせしあの日は遥か


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■大水が出て・・・

 昭和58年から61年度まで、西土佐村(現四万十市)本村小学校に勤務(教頭)していた頃の歌です。

 大水が出て、沈下橋がつかりそうになる前に、子ども達を急いで、対岸の中半家や峯半家へ帰らすのでした。

 濁流が橋桁に当たるようになると、気持ちの悪いものでした。水が橋の上を、すっーと越え始めると、ほんとうに焦ります。

 子ども達が渡り終えると、私は走って引き返すのでした。

 今は、立派な抜水橋が出来ております。あの、思い出の沈下橋は、今も残されています。車は通れませんが、人は渡れます。時々、遊びにいっております。(宮崎)

【写真】岡村龍昇氏

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[自然文化遺産]

■沈下橋の風景 おい急げ・・・
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 ◆沈下橋の風景(「四万十川通信」より)

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回)より)

 中村南ロータリークラブ賞

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 ◆四万十川物語(四万十川・あつよしの夏) 
   廃校になった旧西土佐村津野川小学校でのお話です。
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