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    逞しくなりて戻れと巫女達は四万十川に稚鮎を放つ


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■鮎の稚魚を・・・

 一条神祭のおり、一条神社の巫女達が赤鉄橋の下にて、鮎の稚魚を放流している光景を見ました。そのときに詠んだ歌です。

【写真】岡村龍昇氏

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[ひとくちメモ]

■一条神祭

 土佐中村の一條神社大祭は文久2年(1862年)、一條神社の建立が行われて以来、盛大に行われるようになり、各種興業、飲酒等が自由に行なわれ、3日3晩無礼講で酒肴のもてなしをし、土佐3大祭の一つにあげられている。
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[文化遺産]

土佐の小京都・中村
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 現在は四万十(しまんと)市となってしまった高知県中村。

 もともと中村は、応仁の乱を逃れた京都の公家である一条兼平の一族が定住し、切り開いた町だといいます。言われて見たら、土佐弁は荒々しい方言なのに対し、中村付近の幡多弁はやさしい言葉遣いでありますね。京訛なのだろう。(「西村健一ブログ」より)
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   荷を解けば四万十の鮎香に立ちて漁(すなど)りし人の心偲ばる


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■香魚と呼ばれ・・・

 四万十川の鮎は、今やブランド品として都会に出荷され、県内では手に入りにくい貴重品である。毎年、四万十川中流域の幡多郡十和村(合併で現在は高岡郡四万十町)に住まわれる歌友から届けて下さるのは有り難い。

 好天に恵まれ、餌になる珪藻が繁殖した年は特に香り・味・姿形ともに良く「香魚」と呼ばれるにふさわしい。

 火振り漁や浅瀬での投げ網、瀬や急流での囮(おとり)掛けなど、それぞれの漁をする人の楽しさが伝わってくる。

【写真】岡村龍昇氏

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第68首 西岡瑠璃子 (高知市)_e0190619_6525188.jpg[プロフィール]

 1934年生まれ。元NHK労組委員長、歌人。
 1989年、参議院議員(社会党)。旭日中綬章を受賞。
 高知歌人社(高知歌人)代表。
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[ひとくちメモ]

■高知歌人

 「高知歌人」は昭和22年の草創期から伝統短歌を大切に、写実を基底としたロマン明るい生活の歌を目指し、会員相互に和の精神で新しい時代に沿った短詩型文学の発表に寄与している。(高知県庁HP「こうちの文化ポータルサイト」より)

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[代表歌鑑賞]        

■四万十川を詠む

  渡川の名を碑に残し四万十は日本最後の清流と呼ばるる
  源流に近づくにつれ四万十の鮎の肢体はきりりと締まる
  対岸に菜の花の群生ひかりつつ四万十川を屋形船は下る
  朝霧の渡る四万十に青海苔を採るひとらいて今日も始まる

■第27回子規顕彰全国短歌大会 特選

  牛乳びんの蓋開けかねる麻痺の手に新聞を読む元記者の夫

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[文化遺産]

■火振り漁(十和地区)
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 四万十川の夏の夜の風物詩、火振り漁は昔から伝わる伝統漁法です。

 この漁法は、立網を川を横断するように幾重にも張って、最後に松明を点し、その明かりで鮎を追い込む漁法です。

 シーズンともなると四万十川のいたるところで松明の明かりが見えて風流です。赤々と燃える松明がゆらゆらと川に反射し、時折水面を叩きながらゆっくりと船が水面を行き交う姿はまさに幻想的です。(HP「四万十町役場」より)
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    歳末も落鮎漁にひたりたる四万十は母か父のこころか


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■母であり、父であり・・・

 もうかれこれ、30年も前のことです。

 その頃は、年末の仕事納めを果たすと、いそいそと四万十川に出かけたものです。赤鉄橋付近で産卵の鮎がいくらでも獲れました。

 そのような四万十川は懐に抱くことのできる母であり、豪快に鮎漁を楽しめる父でもありました。

 再び、そのような四万十川に復活する日を切に祈ります。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 高知大学名誉教授
 環境化学専攻。京都大学理学博士。
 高知県四万十ルネッサンス協議会会長。
 土佐文芸(読売新聞)選者。
 温石短歌会代表。
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[ひとくちメモ]

■四万十ルネッサンス協議会

 日本最後の清流と称される「四万十川」について、その「四万十川らしさ」を維持・回復するため、「四万十川に関する全般的な環境上の課題」を検証してゆく仕組みや、その仕組みに基づく活動はどうあるべきかについて検討・協議し、具体的な活動を行う。(同協議会設置要綱第1条)

◆第11回四万十ルネッサンス協議会(2010.3.26/四万十町)
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 蛇足:高知県が主導する同協議会は『ルネッサンス』と称している以上、文芸的、文化的革新運動が期待されます。しかし、設置要綱にあるとおり、主として「環境上の課題」を協議する場のようです。四万十川が世界遺産になるとしたら、自然・文化遺産と考えます。四万十川の自然について協議するのは当然ですが、もう少し四万十川の文芸・文化的側面も協議する場であって欲しいと思います。(山藤花/四万十川百人一首編纂人)
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  おもふほどおもふほどにふるさとの雨の降る日は美(かな)し


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■清流四万十川

「ふるさと」とは、なにをいうものであろう。

 私は、宿毛で生まれたが、中村と宿毛を双面神的にたとえて「右の頬は宿毛で、左の頬は中村なのですよ」と言ったことがある。

 そういえば、足摺岬は鼻で、頭部は宿毛の城山であり、金比羅山であったり、中村の東山であったり、だんだん大きくなり、四国山脈ということになる。

 故郷を離れて長く東京でくらしていると、高知県全体を「ふるさと土佐」といったり、四国全体を「ふるさと」といったりする。

 宿毛の街と片島の大島、大月町の泊浦と中村の街は、家族と住んだ思い出の地だからみんな懐かしいが、とくに「四万十川」と「咸陽島」に“ふるさと感”を抱きつづけてきた。(大江満雄)

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[プロフィール]
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 明治39年7月高知県宿毛生まれ。

 小学校を卒業後、独学で通し、大正9年の大水害により上京、東京市立労働学院などの夜学で学んだ。

 ホイットマンなどの詩を愛読して詩作をはじめ、キリスト教精神のよる思想的抒情詩を書き、ユネスコ運動にも参加してハンセン病患者や人類との共生感に生き、詩作を通して人間愛の哲学を唱えた。

 代表作に「日本海流」「海峡」「血の花が開くとき」などがある。

■文学碑(四万十川河畔)
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   おもふほど おもふほどに
   ふるさとは雨と嵐
   山峡の水もくるふて流れあふれる
   豪雨の日。
   天のはげしきを
   おもふほど おもふほどに
   ふるさとの雨の降る日は美(かな)し。
   四万十川の水にごる日はかなし。

       四万十川詩集『日本海流』より

【写真】大江満雄文学碑(撮影:西内燦夫氏/四万十川新聞)

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[自然・文化遺産]

■四万十川

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 もやの四万十川!
 若葉のころの四万十川!
 おち鮎のころの四万十川!

 四万十川は四季ともに美しい川だ。が、私にとって四万十川は、たんなる自然ではない。少年の日、私はこの川に励まされた。この川は最良の友であり、教師なのだ。ずうっと、そうだった。この川は「思い」をせかせる川だ。

 渡し舟が転覆して女学生一団が溺死したとき、早く橋がかかるといいがと思った。(この事件は中村市の隣の大方町出身の上林暁の小説に出る。私もその事を思い、いろいろ思い、「四万十川」という詩を書いた。)

 四万十川は、たずねるたびに、「せかえる」だけでなく、歴史を書き変えよう、創り変えようとした人びとに寄せる「思い」を新たにしてくれる。

【写真】文学碑建立の発起人のおひとり、さわだ屋のご主人(沢田勝行氏)にあてた大江満雄氏の礼状。(宿毛、中村が両ほほのようなふるさと、と記している。)
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  海越えて香り流れ来青のりに笑まふ翁を映す四万十川


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■テレビで見る四万十川

 四万十川を見るのはテレビのみで、思うような四万十川の歌ができません。

 四万十川百人一首に載せていただくには、力不足かと思いますが、お許しのほど、お願い致します。

   四万十川の翳れる水面もつれつつ飛ぶ水鳥のふたいろの声

【写真】岡村龍昇氏

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[代表歌鑑賞] 

  民衆の生命守り来し四万十川の母なる流れ永遠に母なれ

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 粗歌ですが、いくつか添えてみます。

  川底に透す日に光る魚の群四万十川は早や若水の春
  白きもの白く條ひく町川にかくやと想う四万十川の秋

 素晴らしい「四万十川百人一首」の完成を、心よりお祈り申し上げます。(白木)
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   四万十の流れゆたかに潮混ざり青のりの杭遠く並べり


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■歌集『風の丘』

 このささやかな歌集は、私の第一歌集『虹の海』につづいて、50才から64才までの14年間の作品中から、500首を選んでまとめたものである。

 四万十川の「青のりの杭」を歌った一首は、この歌集にある。

 この間、私は、1973年度高知歌人賞を受け、1983年には郷里芸西村琴ケ浜松原に、歌友岡村修氏との連名歌碑を建立することができた。(「歌集『風の丘』」より・1986年春)

【写真】岡村龍昇氏

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第64首 清遠幸男 (芸西村) _a0050405_655530.jpg[プロフィール]

 大正8年 芸西村に出生。
 京都大学工学部卒。
 東洋電化工業(株)常務取締役歴任。
 高知県歌人連盟顧問。
 高知ペンクラブ賞受賞。
 
 歌集『虹の海』『風の丘』『朝の庭』
 
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 2003年短歌を通じて更正の道を説き、法務大臣より感謝状を受ける。
第64首 清遠幸男 (芸西村) _e0190619_19581643.jpg 2010年1月16日ご逝去。享年92歳。

 [遺詠]
 すずろにも心うるおう朝庭を吹き通しゆく風のささやき

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◆歌碑(高知県芸西村和食の琴ケ浜)

 ふるさとの山野をまもり海に向く松原はるか風に声あり

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【写真】清遠幸男氏と琴ケ浜松原歌碑
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