<   2010年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

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   紅羽毛でなでたるごとく水の面水鳥たちて突如うずまく


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■母が病床のため・・・

 控えていました母の四万十川の歌を、代理でお送りさせていただきます。「四万十川百人一首」への、母娘での参加を楽しみにしています。(亀山利里子・京都府)

【写真】岡村龍昇氏

・亀山利里子氏の四万十川百人一首

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[プロフィール]

 大正14年生まれ。主婦。
 高知県大月町。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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  澄み渡る川面の水はふくらみて浅瀬の渕に水鳥の群れ

 澄みきった川面は膨らみをみせつつ張っている。その浅瀬には水鳥が来ている。中村市鉄橋付近からの川瀬のワンショット。(大滝)
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  四万十川語る牧師のまなざしは心飛ばして高知にいるらし


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■四万十川はいいところ・・・

 四万十川短歌全国大会には秀作賞を頂きまして、こんな栄誉な事は有りませんでした。その喜びを私の教会の牧師さんにお話ししましたところ、この牧師さんは以前、大蔵省の役人で高知県の中村市へ赴任した事があるんだそうです。

 それで、「四万十川はいいところですよ、もう一度行って見たいと思いますが遠いからねぇ」と遠くに目をやりながら懐かしそうにおっしゃったのがとても、印象的でした。

 私は乗り物に弱いのであまり出歩きませんが、いつだったかテレビ番組で四万十川の風景を見る事が出来、夜更け一人、郷愁にも似たる思いで見ておりました。きらめき流れる水の音が今も聞こえて来る思いがします。

 四万十川永遠に幸あれ。

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]

 下手の横好きといいましょうか、小学校の国語の時間に短歌に興味を持ち20代に・・・

  黙もくと行李背負いて行く我ら歩道に淡き影を落として
  信濃なる田ごとの月を村捨てし夜汽車に見しも遠き思い出
  遠き日に命絶たんとたたづみし自害ガ淵に荒き風吹く

 そんな事、こんな事がありまして、柏崎歌会(明治42年発足)の仲間に入れていただいたのが今から50年前の事です。井の中の蛙で居たくないので、ちょっと飛び出して見ました。現代歌人協会や、NHK全国短歌大会、今年は鶴岡八幡宮などで佳作の末席にはべらせて頂きました。

■第10回 四万十川短歌全国大会(主催:幡多信用金庫)2001.10.13

 春川喜多子氏の入選作品

  食細くなりしと嘆く父連れて出でしが帰ることなき故郷

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[お便り]

 連日の暑さに、へとへとです。すぐ裏が海なので、時には涼しい風も入ってきますが、室温は33度です。毎日、5人分の食事作りで、がんばっています。

 四万十川百人一首の趣旨には、合わないような歌かとも思いますが、四万十川の流れの清らかさが、小さい頃よく川遊びをしたり水鏡を使ってかじかを取ったり、夜、川干しをして鮒をつかまえたりした故郷の川の風景に通じるものがあるのです。故郷の川は、懐かしさも一入です。

 四万十川百人一首、目的達成に祝福あらんことを、お祈りします。(春川)
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  一行の詩に立ち上がりし四万十の渓に咲き散る花のまぼろし


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■梼原川の渓谷

 四万十川と私との係わり合いは、ずい分長くなります。自動車免許を習得して以来、半世紀近くを、仕事と遊びでドライブいたしました。

 梼原川沿いに、大正町へ出ます途中、下津井で思いがけなく眼鏡橋を見たときの驚きと、それに勝る感動は、私を四万十川の源流域の風景というものに夢中にさせました。それ以来、何度、四万十川の源流域を訪ねたことでしょうか。

 最近、「蒔田さくら子歌集」の中に、桜を詠んだ作品があり、それに出会った瞬間、目の前に梼原川の渓谷が広がりました。それが、この一首です。

 パソコンは、孫娘がよくいじって居りますので、その節には拝見させていただきます。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正14年生まれ。
「青天」同人。
「無門短歌会」会員。
高知市在住。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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 四万十川支流の梼原川、幡多郡大正町(現四万十町)下津井に旧森林鉄道遺跡のめがね橋がある。「高く懸りて景緊りたり」が感動的な表現になっていて、すばらしい。(大滝)

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  四万十の軽(かろ)き石ころと流木を盆におくなり君と見し川


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■四万十川の今昔の景を打つ

 何故か石には、その土地の蒼天・森の黒露・花野の風、そして一会の声が掌にひびく気がする。

 訪れた四万十川には、丸石の中に15cm程の竜頭の如きL字型流木が打ち上げられていた。それは化石のような耳と背梁を付け、まるで古代四国の黄泉(よみ)からの使徒そのものだった。

 細川流盆石景桂盆に白川砂を敷き、丸石と流木を配して四万十川の今昔の景を打つ。

 夫との数少ない憶い出の濃い6月の川であった。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

e0190619_2395411.jpg大正15年生まれ。本名、山田良子。
歌誌潮音・日本エッセイストクラブ同人。
潮音新人賞・にぎたづ賞受賞。
歌集『西行覚書』『赫具耶』合同誌『ありあ』。
愛媛県松山市在住。

『この度は、四万十川百人一首にお誘い下さいまして、有難う存じます。私も中村の四万十川短歌大会には二度参上いたし、日本で最古の源流のおもかげを持つ四万十川に魅せられている一人です。

 また、小谷貞広様には、初回に歌集「青き流れ」続いて、「蜩亭」を賜り、さらに、私の同人誌「ありあ」に参加いただきました。(山田)』
【写真】山田紅衣氏(「HP秋山兄弟生誕地」より)

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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  口重き漁夫のあやつる四万十の川船の底ゆ夏の音する

 話しかけるでもなく、口を閉ざしたままの寡黙な漁師のあやつる川船。反対にその船底からは突き上げるような四万十川の夏の音がしきりに響いてくる。季節は川底の音を生き生きと躍動感として伝えているのだ。(大滝)

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[自然遺産]

■夏の音

 源流の一滴一滴は、原生林の根を洗い、岩や苔に添いアユ、ウナギ、ゴリ、ナマズ、エビ、アオサを育む四万十川となる。川魚漁の遠景、近景は、この川のゆるぎのない四季であり、豪放な風物詩として懐かしい。

 口を閉ざしたままの寡黙な漁師のあやつる川船。船板を突き上げ舳先を洗う「夏の音」を聞く。それはアイヌ語の「シ・マムト」!、キリシタン大名の「一条さん」!へとさかのぼる。

 そう、緑衣に衣更えしたばかりの青年期の四万十川の躍動感そのものだった。
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  今は早や宿立ち出づる時となり青き流れを三顧四顧しぬ


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■帰郷

 懐かしい、故郷に帰ってきた。異郷にあっても、私の心には四万十川の清流が絶えることなく流れ続けていたのだが、こうして、夜もすがら奏でる四万十川の瀬音を耳にした時、あらためて生きる勇気が湧いてきた。

 久々の酒肴も満喫した。故郷の酒も、肴も、味わうほどに、味わうほどに、手を合わさずにはいられない。

 翌朝早く宿を出て、赤鉄橋脇の堤防を百笑の渕まで歩いてみたが、四万十川の青さも、入田のヤナギ林の新緑も目に柔らかく、やさしい。出発の時刻が迫ってきた。もう一度、この清流の青さを心に刻もうと、川瀬を三顧四顧するのである。(四万十川秀歌百選/大滝貞一)

【写真】西内燦夫氏(百笑堤/四万十川88カ所:四万十川新聞社)

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[プロフィール]

e0190619_150392.jpg明治35年10月高知県大方町生まれ。本名徳広巌城。
昭和7年「薔薇盗人」を発表し事実上の作家デビュー。

 続けて昭和13年頃発表した「安住の家」「ちちははの記」で「私小説」の道へ。その頂点にあるのが昭和21年に発表した「聖ヨハネ病院にて」。戦後の日本文学の傑作のひとつにあげられています。

「上林暁」というペンネームは、熊本の五高時代熊本城の近くに下宿していた所が「上林町」で、その下宿から見る暁の景色が印象的だったから、と言われています。

 昭和55年8月没。77歳。
【写真】上林暁(「滝川進氏のHP」より)

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【写真】大方あかつき館(黒潮町)
(共同通信社客員論説委員の滝川進氏は上林暁の直筆の手紙を寄贈しています。「高知新聞」より)

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[ひとくちメモ]

■酒仙で知られた文人「上林 暁」

 無類の酒好きで「故郷の土佐からは、大町桂月、田中貢太郎など、酒仙で知られた文人が出ている。私もまた、これら先輩の衣鉢を継ぐ経路を辿る・・」と言って憚らず、酒に惑溺していました。

 そのため、昭和27年脳溢血をおこし、半身不随となり以後3年間、生死の境をさまようことに。昭和30年3月土佐へ帰郷。この帰郷は54才の男の、生きていることへの喜びをかみしめる、そして又、寂しい人生への郷愁でもあったという。

 約1ヶ月、故郷に滞在。四万十川や足摺岬も訪れ、若き日の思い出を新たにし、再起への心を固めた、と後に語っています。

a0050405_931758.jpg 「今は早宿立ち出づる・・」の歌は、この時投宿した、四万十川のほとりにある「朝比奈旅館」に書き残した色紙にあります。

 故郷で久々の酒肴を味わい、英気を養った上林はその後、創作活動を再開、昭和33年には「春の坂」を発表し 文部省芸術奨励を受賞しました。

【写真】四万十川べりの旅舎「朝比奈旅館」から赤鉄橋を右手に行くと「百笑の堤」が続きます。

 苦渋の文学人生で、この四万十川との1ヶ月は「春の日のあたった時」ということでした。
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 上林暁の文学碑は7基建てられています。

 故郷・大方町(現黒潮町)には、入野の松原に、川端康成の筆による生誕地碑「梢に咲いてゐる花よりも、地に散ってゐる花を美しいと思ふ」(岡林清水氏に<地に散る花の紅の抒情がある>と言わしめています。)、母校田ノ口小学校に「努力の碑」、そして、この5月には故郷の川、蛎瀬川畔に「蛎瀬川懐郷」の最終章からとった碑文「僕は郷里にかえる度に、うしろの岡に登って・・・」になる文学碑が建立され、3基の文学碑があります。

 また、四万十市(中村)の為松公園に、<青き流れの抒情>があるという「四萬十川の・・・」が、宿毛市の第39番札所延光寺に、国指定重要文化財銅鐘(延喜11年の碑文がある。)を、お遍路さんと見る「名鐘の句」の句碑が建立されています。そのほか四万十市の旧制中村中学と旧制高校(五高)時代を謳歌した熊本に、それぞれ文学碑があります。

 8基目の文学碑が四万十川百笑の堤に欲しいものです。

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[文化遺産]

■上林暁文学碑

〔為松公園(四万十市中村)〕(S43.5建立)
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四萬十川の青き流れを忘れめや

〔入野松原(黒潮町大方)〕(S43.10建立)
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梢に咲いてゐる花よりも

地に散ってゐる花を美しいとおもふ


〔岡野屋の前庭(熊本県天草)〕(S44.5建立)

  春夏秋冬

〔中村高校(四万十市中村)〕(S48.1建立)

  文芸は 私の一の芸 二の芸 三の芸である

〔田ノ口小学校(黒潮町田ノ口)〕(S48.12建立)
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  努力の碑

  「上林先生につづけ・・・」

〔延光寺(宿毛市平田)〕(建立年月日不明)

  名鐘を見にへんろうと連れて立てり

〔蛎瀬川畔(黒潮町下田ノ口)〕(H18.5.14建立)

  僕は郷里にかえる度に、

  うしろの岡に登って・・・

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【写真】四万十川鉄橋 30.6(小谷貞広「ゆく河の流れ」より)

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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