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    早春の四万十川に風さそひ新郎新婦沈下橋わたる


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■四万十川の閻魔蟋蟀

 高瀬一誌先生との出逢いは、四万十川短歌大会であった。

 そのご縁で、短歌人に入会。よき師にめぐり逢えた至福の時も、わずか5年。平成13年(2001年)5月には、耳沈む哀しいお別れとなりました。未だに一首の挽歌も生み得ぬ日々を過ごしている。

 四万十川のホテルでの朝食後「早くしないと遅れるよ」とのお声にふりむいた時の、テーブルの上の一本のビールが、今でもありありと目に浮かぶ。

 出逢いも神様の思し召しと思いながら、いつか四万十川の閻魔蟋蟀に逢いに行きたいと思っている。

【写真】岡村龍昇氏

・高瀬一誌氏の四万十川百人一首

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[プロフィール]

昭和2年生まれ。主婦。
「にぎたづ」編集委員
日本歌人クラブ・短歌人同人
松山市在住。
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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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 水底をすばやく奔り過ぎる魚をねらって、じっと立ちつくす鷺。普通は孤独に一羽で立つ習性と思っていたところ、白鷺が群れをなしていたことに驚き、「白の反照」という語が生まれたという。水に映る白鷺の反射光だ。(大滝)
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  動きはじめた四万十川には閻魔蟋蟀の首がよく似合いたり


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■お便り拝見いたしました。

 高瀬一誌の家内でございます。

 四万十川の短歌をとのお申し越しでございますが、実は、高瀬は2001年5月に死去いたしました。ただいま、全歌集発行のための準備中でございますが、その校正刷りの中から一首四万十川の歌を発見いたしましたので、ご連絡申し上げます。

 素晴らしい大河のそばにお住まいの環境を、とても羨ましく存じます。

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[プロフィール]

e0190619_86507.jpg昭和4年 東京生まれ。
「短歌人」編集委員。現代歌人協会会員理事。
東京経済大学卒。父は文部大臣・郵政大臣などを歴任した高瀬荘太郎。妻は歌人の三井ゆき。中外製薬に勤務し、CMなどの制作に携わっていた。
四万十川短歌大会選者。
平成13年 ご逝去。

◆歌集
『喝采』(1982・短歌新聞社)
『レセプション』(1989・短歌新聞社)
『スミレ幼稚園』(1996・短歌新聞社)
遺歌集『火ダルマ』(2002・砂子屋書房)
『高瀬一誌全歌集』(2005・短歌人会)

 作風は、誰にも真似のできないオフ・ビートなリズム感であろう。定型からは明かにはずれているのだが、自由律とはまた異なる。

 「よく手をつかう天気予報の男から雪が降り始めたり」に代表されるように、おおむね字数は31文字に足りないのだが、読者には確かに短歌を読んでいるという実感を抱かせる。

 従来の短歌のリズムを微妙にはずしながらも、身体感覚としての韻律に訴えかけてくる独特のビートというべきである。(現代短歌大事典)
【写真】高瀬一誌氏色紙(うた一首と書けば首の字たちまち入る楽しいではないか)

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[代表歌鑑賞]        「現代短歌大事典」より

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  眼をつむればまっくらやみが来るそんなことにも気づかざりけり

■日常の空白感

 内容自体は重い。しかし、独特の高瀬節ともいえる文体が、言葉に浮力をつけて、読者に負担を感じさせない。

 「まっくらやみ」という平仮名表記と「気づかざりけり」という文語体との落差も作者の仕掛けである。現代の日常の空白感を魅力的に表現している。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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                (歌集『火ダルマ』収載1997年作)

 夜が明けて、また一日の活気をとり戻して動き始めた四万十川には、閻魔蟋蟀の首がよく似合うことだ。この種はコオロギの仲間の中では、最も大型で頭が大きく閻魔大王の冠に似ていることからの命名。前足が油のような光沢のある暗褐色を呈しているため油蟋蟀とも呼ぶ。コロコロコロコロコロリーンと声高に鳴く。四万十川は魚ばかりじゃないよ、俺様の存在を忘れて貰っては困るとでも言いたげな諧謔歌である。(大滝)
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      沈下橋行き交う人に声掛けば東京からとぞ答え返へりぬ


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■沈下橋

 四万十大河は、何時眺めても、青々と、一途に悠然たる、且つ黙々と流るる詩情を感ずる日々です。時に、豪雨の明くる日には、何はさておき、いの一番に沈下橋の様子を覗きに出かけます。

 数年前の豪雨の日、前日から降り続いた雨で、沈下橋が水位に呑み込まれる様子を、じっと河岸で見詰め、四万十大河の威厳に巻きこまれ、茫然と空を仰ぐほかありませんでした。

 無心状態の中で、流失物等を眺め、唖然たる情景の虜になったものでした。反面、四万十川の水位の偉大さに、下流の農産業などの豊さをつくづく感じさせられます。

 夏季に入れば、周辺の子供達は、夏休みには、午前、午後を問わず、沈下橋周辺で、声張り上げて、楽しそうに水泳、水遊びなどに熱中しています。

 屋形舟七・八人の客乗せて沈下橋をば潜り下りぬ

 まほろばの四万十大河大夕焼小鳥待ち合ひ塒急げり
 赤鉄橋真中辺りで覗き見し青き流れぞ魚群ゆうゆう

【写真】岡村龍昇氏

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e0190619_848388.jpg[プロフィール]

 四万十市在住
 四万十学園経営

 右は奥さんの岩根鉄也さん。

 ・岩根鉄也氏の【四万十川百人一首

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[代表歌鑑賞]

 四万十の大河行き交う二百キロ下る先き先き菜の花盛り

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[文化遺産]

■沈下橋、スケッチ「春の気配」(「四万十川新聞」より)

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 本日(平成22年1月19日)の四万十川は暑い!…といっても日陰には雪が残っている!

 佐田の沈下橋では、スケッチをするこんな東京からのお客さんに出会った!

 四万十川は、春なのである!
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 身体に余る自転車漕いで新聞配りし四万十の四季いまも心に鮮やかに映ゆる


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■新聞配達の思いで

 四万十川の中流域、旧津大村(西土佐村を経て四万十市)の吊り橋の近くで育ちました。小学生の幼き身体で大人の自転車を漕いで、朝は地元紙、夕は全国紙を点々と散らばる家々に配達した想い出・・・。

 春 野山の柔らかな芽ぶきや野鳥のさえずり。
 夏 滝の汗した激しき暑さ、横殴りの雨。
 秋 黄金色の稲穂や果実の実り。
 冬 風切る耳の刺すような痛み。

 暗くなった道をゆく寂しさ。「ありがとう」お婆さんの一言の暖かさ。雪道で自転車ごと転び橋から落ちそうになって、見つめた時の、四万十川の透き通る静けさ。静かに見つめてくれた四万十川の四季、今も、心の古里として、いつまでも輝いてくれています。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 旧西土佐村出身。
 中村高校卒後、69年高知県庁入り。
 高知県おもてなし課を所管する観光振興部長。

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[ひとくちメモ] 「HP・日経ビジネスオンライン」より

■小説:「県庁おもてなし課」(有川浩)

e0190619_20193445.jpg 高知県出身の有川さんは「売れる作家の1人」と出版業界で評価されている売れっ子作家。

 その彼女がなぜ、地方県庁を舞台にした小説を描こうと考えたのか。「県庁おもてなし課」の狙いや故郷にかける思いを・・・>>>続き

【写真】高知県観光特使:有川浩氏
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 両岸に住む人の業(カルマ)を滔々と流して四万十川のかがやき


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■「シマント」という語感に・・・

 岩手山近くを分水嶺に、遠く宮城県へ北上川、青森県に馬渕川が流れています。

 私は後者の流域に住み、四季折々の景を楽しんでいますが、何と言ってもテレビの放映で幾たびも見る四万十川が憧れの川です。「シマント」と言う語感にさえ、ゆかしさを感じます。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 十四、五歳の頃から歌に親しみ、間もなく古稀を迎えます。「百人一首」の企画に、つたない詠草ですが送らせて頂きます。四万十川百人一首は、だんだんと増えていく頁を楽しみに、そして、いつの日か、四万十川の流れに出会える日が来ることを願って、ブログを、覗いていこうと思っています。(八木田)

  想像の翼広げてまだ見ざる四万十川など詠むもたのしき
  若鮎の群れさかのぼる四万十のさざ波くだく金色の月
  老漁夫の投網が楕円に掴み捕る四万十川の水のきらめき

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【水彩画】四万十川:徳広淳也氏(中村高校第一期卒業生)

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[代表歌鑑賞]  「三十一文字コンテスト(主催:佐賀県白石町)」より

 東歌詠みたる人の末裔にあればと思う吹雪聞きつつ
             (第6回/平成17年度 歌垣賞)

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◆三十一文字コンテストとは・・・
 古代、若い男女が佐賀県白石町の杵島山に集い、互いの想いを歌に託して伝えたとされる「歌垣」の行事にちなみ、「愛」をテーマにした短歌(三十一文字)を平成12年から全国的に募集し、優秀な作品を表彰しています。優秀な作品の中で特に優れた作品については、杵島山の「歌垣公園」内に歌碑として設置し末永く後世に残していきます。
【写真】八木田順峰氏の歌碑(佐賀県白石町歌垣公園)
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        向山渡す沈下の橋架けぬ橋脚据えし鮎群れる岩


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■鮎を足で踏みつけて・・・(向山沈下橋)

 昭和38年4月、私は高知県幡多事務所林業課林道係長として赴任した。着任早々、大正町から、向山町有林伐採のため、同町上岡の国道から四万十川を渡り、対岸の向山まで、林道を開設したい旨の陳情があり、現地踏査の結果、2号林道として採択が可能と判断したが、林道の主体は沈下橋(潜水橋)であった。

 同年8月9日、9号台風が来襲。四万十川源流点東津野村船戸に日雨量890ミリという50年ぶりの記録的大洪水に見舞われた。

a0050405_15284475.jpg 私は緊急に被害調査を行いたい旨、上司に進言。すぐ調査班を編成、私は、激甚地域の調査を担当した。調査は、中村市から西土佐村、十和村を経て、大正町まで行ったが、沈下橋は大半が流失しており、唯一、西土佐村の口屋内の沈下橋(林道として昭和28年に完成)が健在であった。

 このことから、向山沈下橋は、口屋内の設計に準じようと決め、8月末県庁の書庫で、汗だくになって設計書を探した結果、丸山氏の設計書が幸運にも発見できた。

 昭和38年は鮎も近来にない大豊漁で、現地測量の際、決めた橋脚位置の岩盤上で鮎を足で踏みつけた程であった。林野庁から、2号林道向山線として採択され、昭和39年に着工し完成した。

 向山沈下橋は、口屋内と比べ、橋長は短いが、そのため両岸との調和が程よく、景観が素晴らしいとして、観光写真やポスターなどに数多く紹介されている。

【写真】中川真理子氏

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[プロフィール]

a0051128_18595293.jpg1928年 高知県土佐山田町生まれ。
1948年 愛媛農林専門学校(現愛媛大学農学部)卒業。
1948年 高知県庁入庁。林業職員に。林業試験場長。
1985年 高知県庁退職。
2002年 全国山村振興連盟会長賞(山村力コンクール)受賞。
現 在 NPO土佐の森・救援隊会長。

◆四万十川源流域を詠む

 遠近に唸るチェンーソー響く笛笑い始めたり早春の山
                  <森林ボランティア活動>
 蜩の声涼やかに夕去りて源流里に点る灯火(あかりび)
                  <四万十源流センター>
 静けさに八色の鳥の声澄みて原生林の霧ぞ晴れゆく
                  <四万十町大正の原生林>
 長走り火振りの漁の楽しきも網にかかりしスミヒキの泣く
                  <四万十市西土佐長走>

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[ひとくちメモ]

■土佐の名建築

a0050405_1935293.jpg 高知新聞社刊行の「土佐の名建築」のひとつに掲載され、新聞紙上「土佐近代文化遺産」(沈下橋・四万十川流域)では、

 『向山橋は延長60mの桁が路面部分を直線にして、その裏の下部では、一つ一つ弧を描く。背骨のように見えて、スペインの建築家アントニオ・ガウディの建築物を思わせる・・・』

 ここに至っては、いささか尻こそばい思いである。

 平成17年5月28日、高知新聞「四国名作紀行46」では、平成2年夏、映画「鉄拳」のロケが行われ、主演の菅原文太さんと供に向山沈下橋が登場している。

 ともあれ、四万十川流域に多く残る名物の沈下橋の中でも、特に肉感的な造形が美しいと評判され、四季を通じ紙上で向山沈下橋が見られることは、設計者として嬉しい限りである。(橋詰)

◆向山橋(上岡沈下橋)
 
 向山橋は、四万十川の両岸に拓かれた上岡集落の本村と対岸の向山とを結ぶ沈下橋である。地元では上岡沈下橋とも呼ばれている。

 四万十川に架かる沈下橋は、それぞれが違った構造で架けられている。この付近は急流で、水の抵抗を考慮し曲線を取り入れた向山橋の形状は力強く、美しい。その独特の構造から、流域に架かる沈下橋の中でも個性的な橋として知られる。

 国道381号線から望む向山橋は、四万十川に数多く架けられた沈下橋の中でも特に優れた意匠により川と橋が良く調和した景観で、沈下橋の建設にあたっての住民の英知と工夫を理解するうえで、重要な存在である。(HP「四万十町」より)

・仕様 橋長60.0m・幅員3.7m
・橋脚 本数:3本、構造:鉄筋コンクリート、形状:直方体
・床版 厚さ:50~120cm、天端高:10cm、形状:直方体

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[文化遺産]

■沈下橋
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          【水彩画】半家の沈下橋(徳広淳也氏)

 四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、もっとも四万十川らしい風景でしょう。

 河口からいちばん近い沈下橋は、佐田(今成)沈下橋で、橋を渡るときの気分はそう快です。他に、四万十市内だけでも、深木、高瀬、勝間、口屋内、岩間、長生、中半家、半家の沈下橋があり、いずれも四万十川らしい、川と人との関わりの感じられる風景が見られます。(HP「四万十市」より)

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【写真】口屋内沈下橋(全長:241.3m、幅員:5.6m)
 中村駅より車で40分。JR江川崎駅より車で30分。
 曲線を多様したデザインがユニークな沈下橋です。すぐ下流には支流の中で最も透明度が高いといわれている黒尊川が合流しています。   
 
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