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    狂詩曲のリズムの如く降りいでて雨滴は青き大河を叩く


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■青天の霹靂

 思えば遠い日、60歳台に足を踏み入れたばかりの私と妻との初めての旅行らしい旅は、フルムーンの四国一周旅行でした。

 好天に恵まれ、各地の名所・寺院・そして温泉を訪れ、やがて旅も終わりに近づいた頃、楽しみにしていたひとつ、中村市に昼食をとり、あこがれの清流四万十川を目の辺りに、することになったのでした。

 当時は、確かまだ立派な観光船も就航していなかったのだろうと思いますが、川沿いに走るバスの観光ガイド嬢の説明を聞きながら、日本有数の清流を眺めながら心奪われ、一汐の旅情を募らせるのでした。

 ところが、天候急変、快晴だった青空が、一挙に黒雲に覆われ、やがて大粒の雨が機銃掃射のように川面に叩きつけられてゆく。正に青天の霹靂をみる思いでした。鍵盤上を狂ったように流れる狂詩曲のリズムに酔う感慨ひとしおに川面を見つつゆくのでした。

 やがてさしもの驟雨も嘘のようにやみ、天の悪戯のようなドラマを見たような、静かな青い流れが目の前にありました。醒めやらぬリサイタルの昂奮の余韻を楽しむように走るバスの車窓に、四万十川の流れに別れを告げたことでした。

 あれから、もう14年の月日が流れて行ってしまいました。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

『私は、以前、当地に木材会社を経営しており、山林伐採、製材、木材販売を主業として参りました。時代の流れと共に、業態の変化に伴ない、木材生産から退くまで、約40年間、私が山林立木の買い付けを担当し、伐採搬出を指揮することが、主たる任務でした。土地柄、仕入れは地元山林所有者農家を訪れ、夜討ち朝駆けの連続の日々でした。

 やがて、仕入れは原木市場から銘木市場へと、仕入れは移行してゆくのですが、人生の大半を、山林と木と共に生き、木の香の染み込んだ40年の思いでは、懐かしく、今も尽きることがありません。(神林)』
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◆第16回全日本短歌大会(日本歌人クラブ主催) 
 秀作賞三首一組

 泰澄の植ゑしと伝ふ巨杉(おほすぎ)は二丈五尺を巻きて余れる
 わが代に終る山師の名残りとし潔斎の身に神酒をしめらす
 乾坤に刻は止まりて斎庭ゆすり千歳の巨木(き)が倒れる地響

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[自然・文化遺産]

■四万十川の森林
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   四万十の森・宣言(2002.1.1)

【写真】岡村龍昇氏
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by wakasin100s | 2009-09-30 05:55
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      渡し舟竹の浮橋沈下橋今日成れりけり抜水橋は


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■橋の風景・今昔

 生家は四万十川の対岸にあり、橋を渡らなければならない。子どもの頃は渡し舟で小学校に通った。竹の浮橋は、冬の渇水期に孟宗竹の筏を幾層にも組んで、両岸から繋ぎ合わせたものである。

 増水の時は真ん中の結び目を切り、岸に沿って流したものだ。沈下橋が出来た時は、増水時にも流されず、水が引けば直ぐ渡ることが出来たのでありがたかった。

 時代の推移とともに橋の風景も変遷してきた。抜水橋という現代の橋が完成したが、橋のある風景は、そこに生活する人と共に移り変わっている。

(抜水橋というネーミングも、沈下橋の歴史があってこそのもの。新しい橋ができた事への嬉しさと、消えゆく古い橋への思いが伝わってきます。)

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]

 大正12年11月高知県十和村生まれ。

 本名中平清晴。シベリア抑留を含めて兵役3年3ヶ月。県下の小、中、高校で教鞭をとり、その後四国女子大講師、高知女子大学講師。

 書家で硯田社主宰。産経国際書展理事、現日書道会同人、現代日本書家協会同人。県展書道部無鑑査(県文化賞、県展功労者表彰、文部大臣奨励賞)。「中平松鶴書集道程」。歌人でもあり、歌誌日月同人。歌集は「四万十川」を平成元年に出版、その他「土佐歌さんぽ(共著)」がある。平成21年9月10日ご逝去。享年85歳。


 「渡し船竹の浮橋・・・」の歌は、歌集『四万十川』の中の抜水橋を詠み込んだ歌群の中の一首。昭和62年に完成した小野大橋の完成記念碑に添えられている。

『いつも、何かとお気にかけていただきお礼申し上げます。体調不良で、失礼ばかりしています。記念碑の写真が出来ましたので、お送りいたします。

 この記念碑の歌は、「四万十川の橋の歴史を詠んだ歌」と、云ってくれた方があります。ありがたくもあり、嬉しい限りです。(中平)』

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[歌碑]
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【写真】中平松鶴氏(小野大橋開通記念碑/十和村<現四万十町>)
    記念碑は中平松鶴氏の自筆自作。

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[歌集]

a0050405_645951.jpg■中平松鶴歌集「四万十川」

◆私の郷里は・・・

 山を背にした60戸ほどの部落で、四万十川が半円を描くようにながれています。

 四万十川は腕白連にとっては、夏は天然のプールであり、冬の川原は凧上げやチャンバラの場所となり、四季折々、鮎、鰻、蟹、蝦などの漁を楽しませてくれました。

 私は入隊するまで、この麗しの郷土で生ひ立ってきました。いつまでもよき郷土であり、また四万十川が、名実ともに日本最後の清流であって欲しいと希ひ、歌集名を「四万十川」としました。

e0190619_15383315.jpg 私の少年の頃は父母をはじめ、部落の半数の30戸位が「仙花紙」といふ和紙を漉いていました。日に夜に手伝いをしたものです。

 歌集「四万十川」の表紙を郷里の、その「仙花紙」でとこだわってみました。手漉きの「土佐和紙」の暖かさで包むことができて満足しています。(歌集「四万十川」より)

【写真】四万十は日本一のたからもの(中平松鶴氏書)

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 燕は朝早い。抜水橋の架かった四万十川に朝焼けが始まった頃には、もう燕が大空をさえずりながら飛び交っている。明確写実の歌である。(大滝)
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       岸躑躅四万十川の遠近に姿とどめよ清き流れに


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■岸つつじ

 「岸つつじ」との出会いは、20年程前にさかのぼるのですが、大野見村(現中土佐町)で私立高校設立のため、2年間ほど居住していました。

 その5月の或る日、四万十川の上流方面へ出かけた時、かやの草むらの中に、楚々とした紅紫色のつつじが見えました。辞典で調べて「岸つつじ」の名称を知りました。

 その後、「岸つつじ」は、四万十川の広い右岸、左岸には中々見かけないのですが、上流のかげ等にはよく見かけられます。

 これからも、この岸つつじを大切に、四万十川の清らかな川面に、その優しい姿を写してほしいものだと願っています。

【写真】岡村龍昇氏

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e0190619_848388.jpg[プロフィール]

 四万十市在住
 四万十学園経営

 左はご主人であり、四万十学園(前身は「四万十生活・学習塾」)の学園長だった岩根徹さん。共に故人。

 くじ引きで椎名御前は四万十川を御渡り給ひ秋日輿入れ
 四万十川の下流はたはた風波へあおのり干しの日差し只中

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[ひとくちメモ]

■四万十学園(「高知新聞/2013.3.17」より)

 四万十学園の前身「四万十生活・学習塾」は1991年、元中村養護学校教頭の岩根徹さんと妻の鉄也さんが私財を投じて中村市佐岡に開設。元教諭らのボランティアを中心に講師陣を充実させた。夫妻が同塾を始めた当初は学校に行けない子どもたちは「登校拒否」と言われていた時代。世間からの風当たりも強かった。そんな児童生徒たちにとって同塾は受け皿としての先駆け的存在だった・・・続きはここから

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 四万十川百人一首の大募集をネットを中心に始めた頃(2005年春)、編集子が勤務していた高知県庁の出先機関の事務所に、ご高齢のご夫婦が訪れ、四万十川百人一首についての「四万十川談義」で話が弾みました。

 後日、そのご夫婦から「四万十川百人一首」が、ご丁寧なお便りと共に送られてきました。

 ・岩根徹氏の【四万十川百人一首

 それから8年が経過した2013年3月17日の高知新聞に、そのご夫妻が開設した四万十学園が閉園するという記事(不登校生見守り22年)が掲載されていました。

 四万十川が織り成す様々な歴史のひとこまが、またひとつ終焉した思いです(合掌)
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      およそ死に遠きものの韻美しく四万十川の鶯の声


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■四万十川の韻

 造型の街、福岡市街、芥ひとつ浮かんでいない那珂川、大自然を失った、わが居住地の風景である。

 巡遊の舟より展望する四万十川の大自然の輪廻韻律は古代より不変である。人々も、また不変の中の文化を醸し育ててきた。

 造型の街は、時として人々を威嚇して、いづれ滅する。馬に水を飼い喉をうるおしたであろう旅の人らの癒しの比喩が、四万十川にはある。

 人は生まれたときから死へと歩み続ける。

 巡遊の舟に聴く鶯は、死に遠きものの美しい韻であり、四万十川の韻である。

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]
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昭和59年歌会始入選

 日に増して若葉の緑かがやけば谷のふかさのまたあらたなり

 この年のお題は『緑』。

 残念ながら「四万十川の森林」の緑を詠んだ歌ではありませんでしたが、村山安義氏の深山渓谷の若葉の緑を詠んだ歌が入選しています。四万十川源流の渓谷を彷彿させるようなすばらしい歌です。

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[自然遺産]

■渓谷
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【写真】岡村龍昇氏

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第21回)より)

・大会賞
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      四万十の川石につきし食跡を翁指差し鮎を占ふ


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■四万十川遊覧

 この歌は、子供の頃、近所のおじいさんに鮎の食跡を教えてもらった思い出と、四万十川を紹介したテレビで同じような場面があり二つが重ってできたものです。

 子供の頃、水遊びをしたり鮎やうなぎを捕っていたあの清流も、ダム工事・砂利採集・森林荒廃・農薬などによる汚染で姿を変えていきました。

 このような中で、テレビや本で日本最後の清流・四万十川を見ては、懐かしんでいました。

 ある日、四万十川短歌大会があると聞き応募しましたところ、思いがけない入賞の知らせを受けました。

 そして、四万十川見たさに喜びいさんで授賞式に参加しました。四万十川遊覧の朝は、あいにくの雨でしたが、船に乗った頃から雨がやみ、川面から立ちのぼる靄は壮観でした。

 頭の中に描いていた四万十川の水の色も想像以上に素晴らしいものでした。思わず水の中へ吸いこまれそうになりました。(第9回四万十川短歌大会/土佐くろしお鉄道賞受賞作)

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 島根県生まれ、73歳。
 教員生活(障害児教育)を送り、
 退職後は民生児童委員、保護司。
 短歌は、NHK学園の短歌教室で学習。

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【写真】西内燦夫氏(四万十川新聞社)

◆趣味は「旅と短歌」

『入賞したら開催地に出かけ歌と旅を楽しんでいます。昨年の5月、NHK主催の「四国遍路土佐十七寺巡拝」に参加して遍路姿のまま遊覧船で四万十川を観光しました。

 青空・新緑・川面のかがやき・鳥の声、思わず昔習った「天然の美」を口ずさみました。

 このような中で、残念だったのは工事用のためか山頂が削られ、荒々しい岩肌を見たことです。われわれの四万十川への願いは、ダムのない、採掘もない、美しい川と森林が永遠に見られることです。

 現在、美しい自然を守っておられる皆さまの、ご健闘をお祈りいたします。(藤井)』

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【写真】大岸由起子氏
(平成4年2月 やっこ葱婦人会の四万十川くだり/四万十市三里)

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第15回・16回)より)

 土佐くろしお鉄道賞
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 国際ソロプチミスト幡多賞
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小谷貞広氏

小橋延夫氏
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     四万十川の激しき流れ踏ん張りて鰻筒つける蛍火の夜


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■コロバシ(鰻筒)

 平成元年から平成11年の10年間、中村市(現四万十市)の幡多信用金庫に勤務した私は職場の同僚N氏の家に毎年招待されるのが、こよなく楽しみであった。

 夕方になると彼の持舟で四万十川に鰻筒(幡多ではコロバシと言う)の仕掛けにゆく。舟から川におりると激しい流れに足をすくわれて、ひっくり返ることも再三で河原にあがる頃はズブ濡れである。

 河原で涼風に吹かれながら乱舞する蛍に話がはずむ。長らく東京に住んでいたN夫人が「東京の暮らしに戻る気はしません」と力をこめて言われる。その夜は囲炉裏を囲んでN氏の心尽くしの鮎・鰻・川海老料理に時の経つのを忘れるのである。

 翌朝は暗い内から昨日つけた鰻筒を揚げに行くが、ずっしりと筒の重さを感じるときの「ときめき」は少年の頃と少しも変わりがない。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]
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a0050405_6202685.jpg大正15年 大方町生まれ。
海軍兵学校卒業。
四国銀行常務
幡多信用金庫理事長
「雲珠」同人
歌集「一本道」

 毎年、四万十市で開催されている「四万十川短歌大会」の発足にあたっては、地元の歌人小谷貞広氏とともに尽力、その発展の礎を築きました。
【写真】小橋延夫歌碑・四万十市下田

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[歌集]

■小橋延夫歌集「一本道」

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       知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
       振り返れば 遥か遠く 故郷(ふるさと)が見える
       でこぼこ道や 曲がりくねった道
       地図さえない それもまた人生 (川の流れのように

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[ひとくちメモ]

■四万十川短歌大会

 「四万十川短歌大会」の創設は、平成4年11月。小橋氏が幡多信用金庫理事長として中村に居寓していた時のことですが、現在も同信用金庫は主催者として世話役を続けています。

 今では、毎年、海外からも含めて全国から500首余りの応募があるように、全国的、国際的にも注目を集める、大きな短歌大会になっています。これも、四万十川が「世界自然・文化遺産」として候補にあげられるように、日本最後の清流として「意義のある、また魅力のある川」、ということの証といえます。

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 さらに、その後、四万十川大会は、俳句、川柳を加え、「四万十川の文化」を日本中に、いや世界に向けて発信する大会へと発展しています。この一連の大会は、美しい自然と歴史・文化を誇る四万十市が主催する「文化祭行事」にもなっています。

 平成17年11月19日に行なわれた、第14回四万十川短歌全国大会の四万十市長賞は小橋延夫氏の作品が受賞しました。

【写真】四万十市長賞受賞作

◆四万十川の青い流れがいつまでも・・・

a0050405_6371561.jpg 晩秋の候、第14回四万十川短歌全国大会が盛大に開催されますことを心よりお喜び申し上げます。

 当市は、今年(平成17年)4月10日に旧中村市と旧西土佐村が合併して四万十市として発足しましたが、この大会のシンボルである清流四万十川をはじめとする美しい自然や古くから栄えた歴史・文化を活かし、いきいきとした生活ができるまちづくりを目差しています。

 今大会は、昨年より70首余りも多い561首のご投稿があり、嬉しく思います。

 先人の方々が四万十川の美しい情景を歌に詠まれたように、四万十川の青い流れがいつまでも後世に語り継がれていき、今後も益々、この大会が発展されますことを願っています。四万十市長 澤田五十六(平成17年11月19日、四万十川短歌全国大会での祝辞)

四万十川短歌俳句川柳大会(幡多信用金庫)

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[文化遺産]

■漁り火
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     千里かけて四万十河口に戻りたる白子鰻を漁り火が待つ

◆四万十川の美しい夜景

『毎週の金曜日の業務終了後に、幡多信用金庫を出て高知の自宅へ帰るのが習いであったが、田ノ浦や上川口などの海岸線に出ると、四万十川河口あたりの夕闇のなかに漁り火が群がり、一幅の絵になっているのが目に入る。

 一攫千金を夢見て、白いダイヤとも呼ばれる鰻の稚魚を捕るために、漁り火に目を痛めながら夜通し頑張る人々のこと。

 そして遥か太平洋の彼方から生まれ故郷の四万十川に戻ってきたしらす鰻を待つ残酷な運命のこと。

 そうした複雑な思いに沈みながら、車窓から四万十川の美しい夜景を眺めるのであった。(小橋)』

【写真】岡村龍昇氏

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 四万十川を吹き渡る風音が一晩中唸っていた、それもいつしか止んで、朝戸を繰れば、いくひらかの風花が舞っていた。美しい季節感覚の描写である。雄大な河川を吹く風と微小な風花の対比もいい。(大滝)

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第17回、20回)より)

・四万十ロータリークラブ賞
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・土佐くろしお鉄道賞
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