カテゴリ:四万十川百人一首( 100 )

清流・四万十川

 四万十川の百風景は、地域永住者の眼と旅行者の着眼が相侯った、新鮮な四万十川を「歌枕」とした歌になる。四万十川への想いが詠みこまれた、これらの歌により、一人でも多くの人が、清流を心のふるさととして敬愛してくれることになれば・・・、

 清流四万十川よ、永遠なれ・・・、
       と祈らずにはいられない。(大滝貞一)
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四万十川百風景


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四万十川百人一首

[この人]              [この一首]
01・俵 万智 (大阪府)     四万十に光の粒を・・・
02・小谷貞広(四万十市)     霧深し児らの姿を・・・
03・土屋文明(群馬県)     君がほこりし四万十を・・・
04・木戸三亀子 (四万十市) 赤鉄橋渡りつつ見下ろす・・・
05・横山美子 (大阪府)     蛇のごと四万十川は・・・
06・森岡郁夫 (土佐市)    遠嶺に春雪残る津野山の・・・
07・橋田東声 (四万十市) ゆふ空に片照る雲の・・・
08・斎藤矢須代 (神奈川県) 温かき飯にのせ食む・・・
09・浜口秋雄 (福岡県)     黒き背のウグイ浅瀬に・・・
10・下田佳子 (土佐清水市)   空に花咲かせるように・・・
11・北村道子 (青森県)    産卵を終えたる鮎は・・・
12・大野 晃  (長野県)   四万十の川面に映る・・・
13・多田美津子 (東京都)   音もなく流るる川面・・・
14・工藤きみ子 (北海道)    四万十の川の流れに・・・
15・北見志保子 (宿毛市)    岸のべの松は伐られて・・・
16・前川竜女  (南国市)    ざるそばの盛りに青海苔・・・
17・阿部 精 (宮城県)     山々の清水束ねて四万十は・・・
18・田中朋枝 (愛媛県)       午前四時まだ明けやらぬ・・・
19・吉井 勇(東京都)        山ふかく数里のあひだ・・・
20・岡林とし枝 (四万十市)    水底を小石にとどく・・・
21・山崎さが (福岡県)       産卵の四万十川は・・・
22・平井軍冶 (青森県)       携帯電話に指示を仰ぎて
23・小橋延夫 (高知市)     四万十川の激しき流れ・・・
24・藤井幹雄 (島根県)     四万十の川石に・・・
25・村山安義 (福岡県)     およそ死に遠きもの・・・
26・岩根鉄也(四万十市)     岸躑躅四万十川の・・・
27・中平松鶴(四万十町・旧十和村) 渡し舟竹の浮橋・・・
28・神林敏夫(新潟県)   狂詩曲のリズムの如く・・・
29・宮本 操(四万十市)   心して浄化に努めし・・・
30・花岡 環(四万十市)   四万十川に底まで透す・・・
31・山原健二郎(本山町)   竹の火で焼くにが竹に・・・
32・石黒清介(東京都)   逆光にてりいでにつつ・・・
33・尾崎 清(四万十市)   さわだ屋に沢田研二が・・・
34・田辺喜久代(土佐清水市)   四万十川の青き水面に・・・
35・谷岡亜紀(東京都)   回想の彼方輝く川ありて・・・
36・柚季(高知県)   七色のカヌー行き交う・・・
37・大岸由起子(土佐山田町)   ひき潮に真砂まろぶも・・・
38・永橋三八夫(土佐清水市) 浮く鴨はそのままにして
39・加納 薫(四万十市)    四万十川煌く流れに
40・猿田秀見(四万十市)    川を読むことも子は継ぎ
41・黒川輝代(宿毛市)    四万十川跨ぎ
42・御供平佶(埼玉県)   四万十に最後に架かる
43・浦田千鶴(宿毛市)   四万十の母なる川に
44・村上 衣 (長崎県)   峰峰に皓き樹氷の
45・斎藤洋子(東京都)  赤光の川面なでゆく
46・大森 孟(埼玉県)   四万十の清き流れは
47・橋詰寿男(高知市)   向山渡る沈下の
48・八木田順峰(青森県)    両岸に住む人の業
49・秋元厚志(野市町)     身体に余る自転車
50・岩根 徹(四万十市)  沈下橋行き交う人に
51・高瀬一誌(東京都)     動き始めた四万十川には
52・曽根篤子(愛媛県)     早春の四万十川に
53・上林 暁(大方町・現黒潮町)     今は早や宿立ち出づる
54・山田紅衣(愛媛県)  四万十の軽き石ころと
55・濱田和子(高知市)  一行の詩に立ち上がりし
56・春川喜多子(新潟県) 四万十川語る牧師の
57・弘瀬幸子(大月町)  紅羽毛でなでたる
58・亀山利里子(京都府) ふるさとは遠くなれども
59・石川恭子(東京都) 四万十の青き河水
60・片岡正法(高知市) ほのぼのと旭日をうけて
61・酒井 保(高知市) 黄昏るる四万十川の
62・後藤彦次(兵庫県) 水引けばすぐに渡れる 
63・富岡純子(宿毛市) 赤き鉄橋渡れば
64・清遠幸男(芸西村) 四万十の流れゆたかに
65・白木昭子(福岡県) 海越えて香り流れ来  
66・大江満雄(宿毛市)  おもふほどおもふほどに
67・今井嘉彦(高知市)  歳末も落鮎漁  
68・西岡瑠璃子(高知市)  荷を解けば四万十の鮎  
69・加用千鶴子(四万十市)  逞しくなりて戻れと  
70・沖ななも(埼玉県)  鉄の橋から身を乗り出して
71・大滝貞一(新潟県)  風うけて光りおのづから
72・多賀一造(四万十市)  初夏の光に透ける   
73・三木雅子(兵庫県)  船端に立ちて漁師が    
74・奥田洋子(大阪府)  四万十の川面を撫でる  
75・白石多津子(高知市) けふよりは満天の星も
76・中山千恵子(兵庫県) いづこより集まりたるか
77・小野川美代子(黒潮町) 四万十の河畔を元気に
78・飯塚智恵子(東京都) 雨も佳し四万十川は
79・森木秀子(高知市) 四万十川の漁師の話し
80・安部巳佐子(東京都) 沈下橋三十余あると
81・杉本幸子(香美市/土佐山田町) 若き日は四万十の
82・溝渕英子(四万十市) 亡き父が鰡釣りゐしは
83・森 サヨ子(高知市)動員に飛機を造りて
84・岩本幸久(広島県) 夜店から抜け出してきた
85・逸見悦子(千葉県) 四万十川の瀬音に
86・岩瀬長子(四万十市)四万十川の水豊かなり
87・有井佐代子(四万十市) 新緑の山影映す
88・宮崎 孝(四万十市) 「おい急げ」水越え始む
89・寺田 ゆたか(神奈川県)ゆうるりと流れ淀める
90・平賀冨美子(神奈川県)あおさのりのかをりのたちて
91・中嶋健造(いの町) 梅雨時の四万十川を走る
92・朝日照代(四万十市) 冬枯れの四万十川よりほのか
93・平田 雅(高知市) たゆたひて海にゆくとも
94・島村宣暢(四万十市) 青のりを採る人舟に
95・徳弘 久(高知市) 四万十川の源流といふ
96・岡添眞子(四万十市) 浅緑・青・青藍と
97・篠田福美(四万十市) 楝咲く頃と尋ねし
98・中山義治(埼玉県) 君慕う藤のこころね
99・西内燦夫(四万十市) 川に老い孫の好みの
100・詠み人知らず 淡き濃き葉の重なりの
   (コメント) 橋本大二郎

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 101首のここからは『四万・十人一首』となります。

四万・十人一首とは・・・?
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  淡き濃き葉の重なりのもみじ葉はテントを通して色を伝えず


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■知事の「短歌」は、まだでしょか?

 と、知事の友人でもある四万十川新聞の編集長に聞いてみたら・・・

『知事の短歌は無理でしょう!まあ聞いてみますが・・・』との返事。その後、四万十川新聞社から、メールで送られてきたのが、この短歌です。

 知事が作ったものか、編集長が代筆したものかは、定かではありませんが、あえて聞かないことにして、知事発想の、四万十川黒尊渓谷での「もみじの影絵」の短歌として、四万十川百人一首に掲載させていただくことにしました。

 モノカラーの紅葉という、限りなく日本的風情のあるこの発想は、紛れもなく知事の詩的、短歌的アイディアであり、それを、57577に表記すると、このような作品になることは間違いないからです。

【写真】佐藤直子氏

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[プロフィール]

■もみじの影絵

a0050405_23324363.jpg 11月19日午前、四万十川の支流にあたる黒尊川で、人と自然との、共生モデル地区を立ち上げる協定に調印しましたが、その席で、自然との共生にふさわしい光景を目にしました。

 黒尊川は、四万十の支流の中でも、最も自然の残った地域ですので、住民の皆さんと一緒に、自然と人が共生する、モデル地区を作っていこうというのが、この日のテーマでした。

 ですから、協定書の調印とは言っても、そんなに堅苦しいものではなくて、会場も、紅葉の美しい橋のたもとに設けられた、仮設のテントの中でした。

 はっきりしない空模様でしたので、晴れ上がっていれば、紅葉ももっときれいだったろうと思いながら、何気なく、テントの中から上を見上げてみて、思わずはっとしました。

 というのも、周辺の木々からテントの上に散った落ち葉が、テントの幕を透かして、まるで影絵を見るような美しさなのです。

 地面に敷き詰めるように散った、桜の花びらやもみじの葉の美しさは、経験をしたことがありますが、このように、幕を通して落ち葉を見たのは初めてのことでした。

 紅葉の色彩の美しさはもちろんですが、モノカラーで見るもみじの葉などの造形も、限りなく日本的な風情で、もし歌心のある人なら、一首か一句浮かぶところだろうなと思いながら、自然の中の影絵を見続けていました。(橋本大二郎・高知県知事)

                 (ブログ:「大ちゃんぜよ」より)

探訪・『四万十の森』 黒尊
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[ひとくちメモ]

■某高知県庁職員による歌評(歌の意訳)

 時を得て、重力の恩寵により小枝から解きはなされたモミジ葉が、ハラハラと舞い降りて、いつの間にか、頭上のテントの上に数多く重なり合っている。

 華やかな色の見えないもどかしさに似た思いはあるものの、これはこれで墨絵のような趣があって良いものだ。かえって、色彩のイマジネ-ションが働くことよ・・・。

 一見地味な歌だが、落葉の華やかさを逆手にとっているのが、新鮮な感性を伝える。黒尊で詠ったという地名も効いているような・・・。(評者:匿名希望/現職の県庁職員)

◆ちなみに現職の高知県庁職員(2007.3.31現在)の【四万十川百人一首】は3首ある。

・秋元厚志  身体に余る自転車漕いで・・・
・片岡正法  ほのぼのと旭日をうけて・・・
・松本 誓  四万十川の春夏秋冬・・・
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【写真】高知県庁(「高知県職員退職者会」会報より)

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[自然遺産]

■四万十川条例

 旅人となりて紅葉の下くぐる我より先に行く人もなし
 奥山の紅葉の径の先を行く人も無ければ後にもなし
                      (詠み人知らず)

黒尊川流域の人と自然が共生する地域づくり協定
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  川に老い孫の好みの甘味に鮴を煮付ける父の小さき背


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■オヤジの背中

 川漁師の船頭さんであったか?川魚の漁をして年をとったおとうさんであろう。そのお父さんが孫のために孫の好みの甘みに鮴を煮付けてやっていると言う。

 お父さんの小さくなった背中を見つめている作者の愛情のよく出た歌で佳作。

 背中はすべてを物語る証のような歌である。(田所妙子)

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]
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■四万十川新聞社主

 四万十川新聞社主であり編集長でもある四万十太郎氏の本名は「西内燦夫」。西建設技術コンサルタント(有)代表、白藤園理事などの肩書きを持ちますが、西内燦夫氏といっても、地元でも余り知る人はいません。しかし、ペンネームの四万十太郎といえば、地元四万十川のみならず、日本的、世界的な超有名人で通っています。

 歌人としても知る人ぞ知る(知らない人は、全く知りませんが・・・)一流歌人で、新聞に投稿すれば、必ず入賞すると、太郎さんは豪語しています。(西内さんは、そんなこと・・・、と言葉を濁していますが、真実は如何なものでしょうか?)

a0050405_6351140.jpg 橋本知事は「趣味は?」と聞かれて「女房」と言ってはばかりません。西内さんの趣味は「四万十川」でしょうが、四万十太郎氏の趣味は「恋女房の花子」。

 吉永小百合より美しいという、その花子さんとのかけあいが、「太郎&花子の会話」として、毎日配信される四万十川新聞に満載されています。本文の記事より面白い!これだけを読んで満足!、という読者も多いとのこと。

 氏の歌の作風は「西内燦夫」と「四万十太郎」、即ち「真面目」と「面白」が交錯しています。従って「佳作」と「駄作」が糾える縄のように並立しているのが特徴です。

 氏が「短歌」を最初に詠んだのは、友人の奥さんの逝去の際の平成5年。その時に、友人の気持ちになって詠った歌が、氏の『代表歌』です。

  人逝けば星になるなら満天の星を皆くれ妻に会いたし

 止めとけばいいのに新聞に投稿し、運悪く?(西内)、当然の事ながら!(太郎)・・・入選して新聞に記載されました!

a0050405_6403620.jpg この短歌を見た、知人、友人、家族の中で大騒ぎになり、花子さんが身罷ったのか!葬式は何時だ!家事が何も出来ない「やもめ太郎さん」の行く末は如何に・・・!等々、問い合わせが殺到し、「死んでない愛妻花子」に、こっぴどく叱られた…という罪を持つ四万十太郎氏の、いわく付きの代表歌。

 そんな四万十太郎氏の代表歌を「改心」した、西内燦夫氏の四万十川の代表歌が、『川に老い孫の好みの・・・』の一首。高知県を代表する女流歌人田所妙子氏に絶賛された四万十川の秀歌です。

 ちなみに、四万十太郎氏、及び四万十花子氏の「四万十川百人一首」は別立てで存在します。また、橋本知事の短歌の指南役という噂もあり、あれやこれやで、四万十川新聞社に端を発した「四万十川百人一首」の企画ですが、社主の西内燦夫氏だけが、四万十川一人数首(?)になってしまったのは、ご愛嬌。(山藤花)

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◆四万十花子氏の【四万十川百人一首
◆四万十太郎氏の【四万十川百人一首

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[佳作鑑賞]  読売新聞「土佐文芸」より

  四万十の川面拡げるかの如く春一番が吹き渡り来る

■歌評

大河である四万十川の川面を吹く春の嵐をよくとらえている。広い川面をさらに拡げるかのようだという視点が一首を成した。吹き渡り来るの表現も的確である。(今井嘉彦選)

◆今井嘉彦氏の【四万十川百人一首

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[ひとくちメモ]

■四万十川新聞

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 四万十太郎さんが主宰(編集長)する四万十川新聞は、メールによる日刊の本家版(元祖メールマガジン?)のほか、週刊、月刊、季刊など、様々な形で配達・配信されている。HP版(バックナンバー、古新聞とも言う)、ブログ版、エクセル版、写真集、週刊誌、壁新聞、などなど。

 その中で、ユニークなのが「四万十川新聞【日曜版】」というブログ版・週刊誌。文句なしの「サンディ四万十」、文化の香り高い「四万十の文芸・春秋」、衝撃の写真が満載の「ブログフォーカス:四万十川通信」が合体したような構成で、多くの読者に、『毎日が、日曜日なら!』、と言わしめている?(ホントかな・・・山藤花)

その、噂の四万十川新聞【日曜版】を、お届けします。

四万十川新聞【日曜版】
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  君慕う藤のこころね知るごとく静かにあける四万十の朝 


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■初めて訪れた四万十市で、一条侯を慕う藤に寄せて…

 2月末に、所用で黒潮町に出かけ、その足で友人の住む中村に一泊しました。「友人」とは、四万十川通信の編集者&四万十川百人一首の編纂者「山藤花」さんであり、私の大学の同級生です。

 夕方になって、宿の近くの「ちか」という居酒屋で一杯やりました。酒は地元の「藤娘」、肴は地元名産の鰹のたたきや鯖寿司、それに坂本龍馬や故郷鹿児島の歌人吉井勇、一条侯のことなど、彼にしか聞けない四万十川の物語。

 そろそろ席も、お開きという時間になって「3月末には『四万十川百人一首』を完成させたい。ひとつ足りないが・・・如何?」と、詠み手の一人として、四万十川百人一首のお誘い。

 恥ずかしながら歌を詠むなど、この年齢になるまで経験のないこと。その手の素養も全くありませんので、慌てて、それだけは・・・と、お断りして店をあとにしました。

 翌朝早く「一条神社」まで散歩しました。ここは応仁の乱後、京都から中村に居を移し、この地域の文化・経済の礎を築いた一条一族を祀る社です。本殿に登る石段の脇には藤棚がありました。そこには、かつて一条侯が可愛がっていた藤があったということですが、目の前にあるのはその後継樹のようでした。

 朝の光に浮かぶ藤を眺めながら、前夜の話を思い出していました。「一条一族は中村から他所に離れざるを得なくなり、遠くへ移り住むことになった。すると一条候を慕っていた藤は悲しみのあまり花を咲かせなくなった。しかし後世になってここに社を建て一族の霊を手厚く祀ったところ、ふたたび花を咲かせ始めた・・・」というのです。

 いつの間にか、私は五、七、五…、と慣れない指を折っていました。あれほど固辞したのに、と昨夜のことを考えると、何だか自分でも摩訶不思議な気分でした。

 ということで「山藤花」さんと「藤娘」を飲み、翌朝、「一条候の藤」を見て、とうとう「四万十川百人一首」を書き記すことになりました。これは、私にとって、大切な思い出としていつまでも残る記念の歌となるでしょう。機会を与えてくれた友に感謝!です。

 彼は「四万十通信」や「寅次郎の『四万十川の大休日』」など8本ものブログを通して、地域の歴史や文化に関する話題、環境や森林を守る活動などの情報発信で大活躍中です。

 しかし、いよいよこの春で退職。「四万十川百人一首」の首尾良きことを祈りつつ、心から「長い間、ご苦労様でした。」とねぎらいの言葉をかけさせていただきます。

 今回の旅は、まったくの駆け足でした。いつの日か、藤の花の季節にでも、ゆっくりと四万十川を訪れて、四万十の豊かな自然や歴史、文化を、心から堪能してみたいと思います。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 鹿児島生まれ。
 緑化関係の公益法人に勤務。
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【写真】一条神社の藤棚(撮影:中山義治氏)
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  楝咲く頃と尋ねし四万十川の岸辺の木むらまさに咲きをり


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■せんだん

 「せんだん(栴檀)」は標準和名です。「おうち」は土佐の方言では なくて古語。昔、和歌などに使われていた表現(雅語)です。「おうち」は「楝」、「樗」と表記。

 かって、この木は四万十川中流域の窪川町(現四万十町)からずっと西土佐村(現四万十市)の江川崎まで四万十川沿いの街道に植えられていました。何のために植えられたのかは、旅人の休憩用(緑陰)のためとか、里程標代わりとか、諸説があります。

 その昔、四万十川沿いのせんだん並木を往来した旅人は、山脇哲臣氏が語っているとおり、「せんだん」の花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのか・・・、川面にこぼれた花粒はどこまで流れてゆくのか・・・、と思いながら、歩き続けたのでしょうか。

 「せんだん」は、春に紫色の花が咲くのですが、とても良い匂いがします。だから和歌にも詠われたものと思います。

 今は、切られて少なくなりましたが、学校の校庭には、せんだんの大木がよくありました。

【写真】溝渕幸三氏(四万十川のせんだん並木)

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[プロフィール]

大正14年南国市生まれ。
「海風」会員。

(今は亡き、母の短歌を、掲載していただき、ありがとうございました。母も、喜んでいることと思います。藤本さより氏/篠田福美氏の娘)

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[ひとくちメモ]

■土佐の国の「せんだん」

 土佐では、全ての道路に旅人のため、「せんだん」を植えていました。富田砕花は土佐路の印象を

  こごしかる北山越しに来し国の並木の道はせんだんの花

 と詠っています。

 小学校の校庭、街道並木に代表される土佐の国の「せんだん」。この花の風土の中で生まれ育った土佐の人々は「せんだん」に特別な愛着を懐いています。

 高知城の天守閣への登り口、板垣退助の銅像の脇に「せんだん」の大木があります。枝の広がりは、東へ15m、西へ4m、南へ9m、北へ8m、という。「せんだん」の巨木が多い土佐の国でも特に大きく、土佐の国の象徴とも言える「巨樹」です。

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[せんだん物語] 山脇哲臣氏著:「花想」より

■せんだん並木
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   もしも吾五月の風となるならばせんだんの花こぼしつつ吹く

 センダンの果てることもない並木を、どこまでも歩き続けてゆくときは、わが身の周囲は目くるめく紫の花のさく裂ばかり。

 足はいつしか宙を踏んで、花の階段を上ってゆくとき、そんな花のさく裂の中で、人の現身(うつしみ)と、その想いは、花のさく裂とともに空中に散華し、やがて消え果ててしまうものだろうか。

 それにしても、センダンの花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのだろう。川面にこぼれた花粒は、どこまで流れてゆくのだろう。花の色の紫に染められた人の想いの果ては、どうなるのであろう。

【写真】岡村龍昇氏

◆小谷貞広氏の「ふるさと・小学校のせんだん

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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   四万十川の沖積土らしき豊饒土の岸近くまで秋菜播かれつ

 沖積土は河水が運搬して、しだいに沈積してできた土壌で肥沃である。その川岸近くまで秋菜が播かれていてよく実っている。つやつやした秋菜の柔らかい葉ぶりが見えてくるような風景がひらける。川は遠い昔から時間をかけて豊饒な実りを、そこに住む人たちに与えてきたのであった。(大滝)

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)
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  浅緑・青・青藍と縞なして春の四万十川は海に出で行く


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■川の色

 四万十川の河口に生まれ育った私が、初めて見た川の色でした。水量と太陽光線と私とが、偶然出会ったのでしょう。

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]
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 昭和20年生まれ。
 「個性」会員。
 スタジオ Shinco
(帽子製作と布フラワー教室)
 現住所:四万十市
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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回、第16回、第21回)より)

・中村市長賞
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・土佐くろしお鉄道賞
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・中村短歌会賞
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[自然遺産]

■四万十川の海老

  今我は異次元よりの侵入者ライト明かして海老掬いおり

 夏の夜、エビタマと懐中電灯を持って、四万十川に海老を捕りに行くのです。水の中に、ライトを明かすと海老の眼が光っている。海老の後ろに、そっとエビタメを入れて、素早く掬うのです。ご存じですか。逃げる時に、海老は後退することを。(岡添)

◆四万十川の海老の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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  コロニーは目の前の山か四万十川野鳥公園に二百余のサギ

 野鳥公園は中村(四万十)市八束にある。鷺の安住の営巣地は目の前の山なのだろう。二百羽余りもの大群が集まってきているから。5月から6月にかけて繁殖期を迎える壮観な眺めである。一口に鷺といっても白鷺・五位鷺などと種類も多いのであろう。小動物に対する作者の眼が優しい。(大滝) 

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)
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  四万十川の源流といふ滝に来て岩ほとばしる水に会ひたり


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■故郷というものは良いもの・・・

 先日は、早速、小谷様の歌集をお送り頂き有難うございました。自然体での小谷様のおうたは、どれもすばらしいと思います。ゆっくりと読まさせて頂きます。

 あなた様と同郷(田野町)の出身とは、何かのご縁があったのか、びっくりしています。しかも、私の弟の嫁の実家が、八幡様をはさんで、お隣さんとは、さらにびっくり。

 私は、大正11年生まれですから、あなた様のお父様や、お母様と同年代ではないでしょうか?現在は高知市に住まいしていますが、父母のお参りに、実家にもときどき帰ります。古い家はこわして、新しくなっていますが、みかん畑などは、そのままで、やはり故郷というものは、どこにいてもよいものです。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正11年7月17日
安芸郡田野町生まれ。
平成11年7月17日(77歳)
「アララギ」を経て
「氷原」「海風」会員。
歌集に「樗の花」

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[歌集・樗の花]
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■ふるさとは田野町

 土佐鶴の酒香る安田町の国道の橋を渡れば木の香せり田野町

 故郷の岡のなだりに佇ち見れば屋根より高く光る海原

 文旦と八朔積み込み戻りくる車にみかんの香りは満ちて

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 徳弘久氏の故郷は田野町。「故郷の岡」というのは、大野の丘陵(大野台地)のことです。そこには、四万十川へ単身赴任していた山藤花氏の農園があり、文旦と八朔を軽四トラックに積み込みんで、大野の岡を行き来しています。

【水彩画】村上清氏(大野より羽根岬を望む)

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[代表歌鑑賞]     歌集「樗の花」より

  群がりて樗の花の咲く一樹むらさき濃きが空に揺れつつ

 木材の町、田野町で育ちましたが、高知市で暮らし始めて50年余りも過ぎました。樗の花は大好きです。四万十川の樗を詠んだ中村の篠田福美様は懐かしい人です。(徳弘)

◆篠田福美氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

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  中村の女はやさしと四万十の鉄橋塗装に夫は通ひき

 赤鉄橋の塗装のために通ってゆく夫。「中村の女はやさしい」と憎まれ口をたたいているのに、それを笑って送り出す妻。二人の間には無言の信頼の絆がしっかりと結ばれているゆえのユーモアになっている。塗装が仕上れば、また観光の目玉になる。(大滝)

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)
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  青のりを採る人舟にいそしめる四万十川の空は冬晴れ


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■歌評(佐佐木幸綱氏)

 四万十川に見る冬の風物詩である。キーンと澄んだ空気、鮮明な影を水面に映す遠景の舟、深い静寂が明るい川の風景を包む。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和2年生まれ。
 本名誠夫。
 現住所:四万十市
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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回、第17回)より)

・中村ロータリークラブ賞
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・土佐黒潮鉄道賞
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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 かって故郷の盆踊りには、その地区の戦没者の遺影飾られ供物が供えられていた。30年ぶりに故郷に帰住し、地区の盂蘭盆会(うらぼんえ)に出掛けた。

 澄み切った夜空に四万十川を股ぐように銀河が架かり、戦死した兄をはじめ地区の戦没者がそこを渡っていく幻覚を見た。

 が、台風一過の晴れ渡った川面に、もう川漁をする舟を漕ぎ出した漁師がいる。赤銅色に焼けた筋骨は老いさえも見せず。(大滝) 
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  たゆたひて海にゆくとも思ほえず身をかがめ見る春の四万十川


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■なべて春なり・・・

 もう十年あまり前のことである。

 小津高校(高知市)の国語科教員仲間が四万十川へ出掛けた。岸に菜の花の咲く四万十川は、たっぷり水をたたえて流れているようにも見えない。身を低くして見ると、川はいよいよ広く、更に豊な流れとなる。

 古希を迎えた今、出掛けて行っても「天地はなべて春なり四万十川のはるけき川面を雲動きゆく」という気分にひたることが出来るであろうか。

 この歌は私にとって、思い出の四万十川である。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和11年生まれ。
 高校教諭。
 「個性」「南国短歌」会員。
 現住所:高知市
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[代表歌鑑賞]        

■第9回上林暁忌短歌大会 特選

  あしたのため今日を生きにし若き日のあしたに老後の今日はなかりし

・上林暁氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 秋が深まる頃、鮎が産卵のため川を下る。赤鉄橋の上流の通称小畑辺りが産卵の場所。

 その落ち鮎の喉をふさぐまで胎子の詰まったものが夕餉の皿に載る。「口開きたり」に何か喘ぐ程の切なさを見て、あわれさに胸を衝かれている。

 母性の揺らぎである。(大滝) 
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  冬枯れの四万十川よりほのか流れ来る海苔の香やさし初春の朝


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■四万十川、冬の風物詩

 四万十川河口の私の家の前は、毎年青のり採りで賑います。

 中州の葦は枯れ枯れていますが、海苔の香りが初春のやさしい風にのって、あたり一面にただよってきます。

 ときに、白鷺佇む静かな川で、のり採りに励む里人たちの姿は、一幅の絵の如く、四万十川、冬の「風物詩」のひとつです。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正12年 東京生まれ
中村高等女学校卒業。主婦。
「やまなみ」会員。
現在は、四万十市在住。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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  しらす漁終りて川は静まりぬ漁火一つ波間に漂う

 白子はちりめん雑魚ともいわれ、「いさぎ」や「まいわし」「かたくちいわし」などの幼魚に、白魚や鮎の幼魚まで混じったものをいう。これを浜で干しあげたものを白子干(しらすぼし)という。

 その白子漁も終わり、波間に漁火の漂っているのが認められた。

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)
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