第90首 平賀冨美子 (神奈川県)

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  あおさのりのかをりのたちて食卓に家族それぞれ抱く四万十川


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■四万十川に心を残して・・・

 2006年9月高知に行った折り、どうしても都合がつかず、四万十川に心を残して帰ってきた。

 ある日、お土産のあおさのりを味噌汁にふわっと放して食卓に出すと、あおさのりの香がたって、家族がその香りの中に、たゆたっているような雰囲気になった。

 釣好きの夫は川魚の種類や魚影の濃さを、息子達は川遊びや、川沿いのドライブを、私は赤い鉄橋や沈下橋、朝霧にけむる川面のことを・・・

 そして何よりも、このあおさのりを育む清流に思いを馳せた。

 その日の食卓の話題は、当然のことながら家族それぞれの四万十川の風景を語り合った。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]  お便り

■私は「熾」の会員で・・・

 沖ななも代表から四万十川百人一首のことを伺い、応募いたします。

 なかなか四万十川には行くことはできないのですが、高知のお土産で四万十川の「あおさのり」を我が家の食卓に出したときに作った歌です。このような歌でもよいかしら・・・と思いつつ、四万十川の歌ということで応募させていただきます。よろしくお願い、いたします。(平賀)

◆沖ななも氏の【四万十川百人一首

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第17回)より)

 国際ソロプチミスト幡多賞
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[ひとくちメモ]

■「熾」の会  代表:沖ななも

 私たちはなぜ歌をつくるのだろうか。人は、だれでも自己実現のために生きているといってもいい。そのために私たちは、歌という手段を選んだ。作歌という行為を通して自己を見つめ、よりよく生きるために歌を選んだ。

 私たちは、いまを生きている。二十一世紀というあたらしい世紀に入って早くも四年目に入った。世界では不穏な出来事が多発している。否応もなく日本もそれに巻き込まれ、そしてわたしたち個人のレベルでも、けして他人事ではない切実な問題になっている。

 そうした時代に私たちに何が出来るのか。大上段に構えるわけではない。人としてどう生きるか、人間とはなにかという根本的なことを考えながら歌い続けたい。

 ここに同志が集い、新しい集団を作った。ひとりひとりの力は大きくはないかもしれないが、互いに競いあい、励ましあい、磨きあげつつ、互いに高めあっていきたい。

 「熾」とは盛んに起こる火のことである。広辞苑には「燠」と並んで載っている。「燠」は、今の若い人たちにはわからないものだろう。むかし火鉢を使っていたころ、灰のなかに残って翌日の種火になったあの火である。私たちの心の中には、いつでも燠のような詩心が埋もれているはずだと思う。誰の心にも詩がある。それを大事に守りながら、いつか盛んに燃える火に育てたい。

 詩の心は、自動点火はかなわない。スイッチ一つで火がつくこともない。素朴な地味なそして真摯な行為で、じっくりと自分の心に火をつけなければならない。自然に起き上がってくる、火を欲する心を大切なものだと思う。

 作歌をするということは、ホームランを一本打てばいいということではない。さまざまな人生の中で、確かな着実な足跡を残していきたいと考えて、ここに「熾」を創刊するものである。(「熾の会」HPより)
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