第61首 酒井 保 (高知市)

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    黄昏るる四万十川の大橋を遍路の影の補陀落に向く


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■愚作を投稿

 私ごとき下手な歌詠みにまで、四万十川百人一首を募集中とのお便りを頂き、恐縮です。

 折角ですので、恥を忍んで愚作を投稿いたします。

【写真】岡村龍昇氏

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[文化遺産]

■四国遍路と四万十川

 いわゆる文学書に、四万十川の名前が出てくるのは、いつ頃か定かではないが、元禄12年(1699)、眞念法師が書き記した「四国偏禮道南増補大成」(今で言う、「四国遍路ガイドブック」)には、足摺岬(第38番札所金剛福寺)と、宿毛市平田の延光寺の分岐点、土佐清水市市野瀬にある番外霊場、眞念庵(眞念法師の庵)を紹介する個所に『川有、俗に四万十川と云、洪水の時ハ下のかや浦舟わたし有』と、四万十川の記述を、みることができる。

 この書には、旅の案内書(ガイドブック)故、川の所在は数多く記載されているが、川の名前そのものが記述されている個所はあまりない。

 ルビがないので、当時四万十川は、どのように呼ばれていたかは分からないが、全国各地から来るお遍路さん達にとって、『四万十川』という名前には、ある種の「こだわり」と「あこがれ」が、あったのかもしれない。

 詩心ある、お遍路さんによって、四万十川をうたい込んだ、和歌や俳句が数多く詠まれ作られたことであろうが、古文書には、その記録がほとんどない。(山藤花)

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【写真】西内燦夫氏(四万十川新聞社)
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