第53首 上林 暁 (大方町・現黒潮町)

a0050405_654592.jpg


  今は早や宿立ち出づる時となり青き流れを三顧四顧しぬ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■帰郷

 懐かしい、故郷に帰ってきた。異郷にあっても、私の心には四万十川の清流が絶えることなく流れ続けていたのだが、こうして、夜もすがら奏でる四万十川の瀬音を耳にした時、あらためて生きる勇気が湧いてきた。

 久々の酒肴も満喫した。故郷の酒も、肴も、味わうほどに、味わうほどに、手を合わさずにはいられない。

 翌朝早く宿を出て、赤鉄橋脇の堤防を百笑の渕まで歩いてみたが、四万十川の青さも、入田のヤナギ林の新緑も目に柔らかく、やさしい。出発の時刻が迫ってきた。もう一度、この清流の青さを心に刻もうと、川瀬を三顧四顧するのである。(四万十川秀歌百選/大滝貞一)

【写真】西内燦夫氏(百笑堤/四万十川88カ所:四万十川新聞社)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[プロフィール]

e0190619_150392.jpg明治35年10月高知県大方町生まれ。本名徳広巌城。
昭和7年「薔薇盗人」を発表し事実上の作家デビュー。

 続けて昭和13年頃発表した「安住の家」「ちちははの記」で「私小説」の道へ。その頂点にあるのが昭和21年に発表した「聖ヨハネ病院にて」。戦後の日本文学の傑作のひとつにあげられています。

「上林暁」というペンネームは、熊本の五高時代熊本城の近くに下宿していた所が「上林町」で、その下宿から見る暁の景色が印象的だったから、と言われています。

 昭和55年8月没。77歳。
【写真】上林暁(「滝川進氏のHP」より)

a0050405_2081355.jpg

【写真】大方あかつき館(黒潮町)
(共同通信社客員論説委員の滝川進氏は上林暁の直筆の手紙を寄贈しています。「高知新聞」より)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[ひとくちメモ]

■酒仙で知られた文人「上林 暁」

 無類の酒好きで「故郷の土佐からは、大町桂月、田中貢太郎など、酒仙で知られた文人が出ている。私もまた、これら先輩の衣鉢を継ぐ経路を辿る・・」と言って憚らず、酒に惑溺していました。

 そのため、昭和27年脳溢血をおこし、半身不随となり以後3年間、生死の境をさまようことに。昭和30年3月土佐へ帰郷。この帰郷は54才の男の、生きていることへの喜びをかみしめる、そして又、寂しい人生への郷愁でもあったという。

 約1ヶ月、故郷に滞在。四万十川や足摺岬も訪れ、若き日の思い出を新たにし、再起への心を固めた、と後に語っています。

a0050405_931758.jpg 「今は早宿立ち出づる・・」の歌は、この時投宿した、四万十川のほとりにある「朝比奈旅館」に書き残した色紙にあります。

 故郷で久々の酒肴を味わい、英気を養った上林はその後、創作活動を再開、昭和33年には「春の坂」を発表し 文部省芸術奨励を受賞しました。

【写真】四万十川べりの旅舎「朝比奈旅館」から赤鉄橋を右手に行くと「百笑の堤」が続きます。

 苦渋の文学人生で、この四万十川との1ヶ月は「春の日のあたった時」ということでした。
a0050405_9313274.jpg

 上林暁の文学碑は7基建てられています。

 故郷・大方町(現黒潮町)には、入野の松原に、川端康成の筆による生誕地碑「梢に咲いてゐる花よりも、地に散ってゐる花を美しいと思ふ」(岡林清水氏に<地に散る花の紅の抒情がある>と言わしめています。)、母校田ノ口小学校に「努力の碑」、そして、この5月には故郷の川、蛎瀬川畔に「蛎瀬川懐郷」の最終章からとった碑文「僕は郷里にかえる度に、うしろの岡に登って・・・」になる文学碑が建立され、3基の文学碑があります。

 また、四万十市(中村)の為松公園に、<青き流れの抒情>があるという「四萬十川の・・・」が、宿毛市の第39番札所延光寺に、国指定重要文化財銅鐘(延喜11年の碑文がある。)を、お遍路さんと見る「名鐘の句」の句碑が建立されています。そのほか四万十市の旧制中村中学と旧制高校(五高)時代を謳歌した熊本に、それぞれ文学碑があります。

 8基目の文学碑が四万十川百笑の堤に欲しいものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[文化遺産]

■上林暁文学碑

〔為松公園(四万十市中村)〕(S43.5建立)
a0050405_21454288.jpg
四萬十川の青き流れを忘れめや

〔入野松原(黒潮町大方)〕(S43.10建立)
a0050405_6392273.jpg
梢に咲いてゐる花よりも

地に散ってゐる花を美しいとおもふ


〔岡野屋の前庭(熊本県天草)〕(S44.5建立)

  春夏秋冬

〔中村高校(四万十市中村)〕(S48.1建立)

  文芸は 私の一の芸 二の芸 三の芸である

〔田ノ口小学校(黒潮町田ノ口)〕(S48.12建立)
a0050405_5455483.jpg

  努力の碑

  「上林先生につづけ・・・」

〔延光寺(宿毛市平田)〕(建立年月日不明)

  名鐘を見にへんろうと連れて立てり

〔蛎瀬川畔(黒潮町下田ノ口)〕(H18.5.14建立)

  僕は郷里にかえる度に、

  うしろの岡に登って・・・

a0050405_6383536.jpg
【写真】四万十川鉄橋 30.6(小谷貞広「ゆく河の流れ」より)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

e0190619_1494417.jpg

[PR]
←menu