第7首 橋田東声 (中村市<現四万十市>)


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     ゆふ空に片照る雲のあゆみおそく帆をおろしたる帆柱多し


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■友に語った、四万十川・・・

 「友」というのは、土屋文明のこと。東京の「明星」時代、二人は同じ歌人として、交遊があり、東声は「友」に故里「四万十川」のことを誇らしく、また、熱く語っている。
 
 土屋文明は、その晩年に病をおして四万十川を訪れている。

 この一首は、『バスの停車時間が短く、君の歌碑を見に行くことが出来ないのが心残りだ・・・。』と言わしめた中村高校にある東声の歌碑に刻まれている。

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[プロフィール]

◆中村中学時代に・・・

e0190619_1631843.jpg 明治19年12月中村市生まれ。本名は丑吾。

 盛岡中学で啄木が歌を始めたように、東声も中村中学時代に作歌を始めている。雑誌「青年」に投稿し一等賞になり、選者の大町桂月から称賛された。
  君をおもひ小窓によれば夕雲の淡く流れて薔薇咲く日なり

a0050405_60573.jpg 鹿児島の七高に進学し、「明星」の同人に。また、「アララギ」の若手歌人、堀内卓造、中村憲吉(同級生)らと交遊し、その縁で「アララギ」の主宰、伊藤左千夫に心酔し、憲吉らと共に東京帝大英文科に入学した後には、左千夫門下の土屋文明、斎藤茂吉などと知り合い、短期間ではあったが、刎頚の交わりともいうべき、よき時代を過ごす。

 この時、土屋文明等の友人に、故郷四万十川の自慢話をしたらしく、文明の歌に「君がほこりし四万十川に・・ ・」という歌がある。

 また、大森に住まいしていた東声に、何か翻訳を届けた文明が、あさ子夫人に出会い、その印象を「まめまめしき夫人」と、歌に詠んでいる。

  あさ子夫人まめまめしき大森の君が家に何か翻訳を届けしことありき


a0050405_6105553.jpg「あさ子夫人」というのは、東声夫人。東声とは尋常小学校以来の幼馴染み。(あさ子が1歳年上。)

 二人が東京に出てから(あさ子は国語伝習所へ遊学。)永い念願が叶って結婚したが・・・

 まもなく、あさ子は12才年下の東声の弟子、浜忠次郎と恋仲になり、挙句の果て、東声と離婚、忠次郎と再婚した。

 あさ子は、後の女流歌人「北見志保子」。大正2年に橋田東声と結婚、同11年に離婚、恋人、浜忠次郎とは、同14年に再婚している。

 大田区大森に東声が、まめまめしき「あさ子夫人」と居を構え、仲睦ましい生活をしていたのは、大正の初めこと。

 この離別問題に、東声は非常に苦しみ、評論集の中に「個性の悲哀」と題して

 『あの貞節な妻が私に叛く?あの純な、私とは子弟関係にある青年が私を裏切る・・・。いんねんと諦めよう。諦める外に道はない・・・。』

 と記して、次の一首を作っている。

  おもひきり憎まばこころなぐさまむ憎めぬ性をもちてくるしも


a0050405_67192.jpg 東京日日新聞の記者、日本大学の講師、東京外大の教授として歌壇生活をおくったが、若くして死去。

 「橋田東声」に納められている、2千余首の「歌の本質」というものはどのようなものであったのだろうか?

 「静夜歌話」にこのように記している。

『短歌の本質は、世人が考えているように広く複雑なものではない。それは極めて小さく、狭く、あわれに幽かなもの、単純なものである。それは鉄の如く、宝玉の如きものである。小さき生命に価値をもつものである。』 

 昭和5年12月没。44歳。

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[歌碑]

a0050405_5261543.jpg〔中村高校(四万十市中村)〕

  ゆふ空に片照る雲のあゆみおそく
     帆をおろしたる帆柱多し


〔中筋小学校(四万十市中村)〕

  故郷にかへりきたれりあさおきて
     まずみる前の山のしたしさ

〔真静寺(四万十市有岡)〕

  遠き樹にひぐらしのこゑ鳴きそろひ
     ゆふべとなれば母のこひしき

〔生誕之地(四万十市有岡坂道)〕              

  たらちねを恋ひてよませし先生の
     歌くちつさむ夕べ静かに(裏面)

〔善正寺(川崎市柿生)〕

  おのずから吹き起る風をさびしめり
     松の林に歩み入りつつ

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]
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 山川が瀬となって流れせせらぐその水は、あくまでも澄み透っているために、登り鮎の勢って奔るさまが、手にとるように確かめられることだ。この歌は作者没後に臼井大翼によって編まれた「地懐以後拾遺」に収められている大正15年の作である。

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[代表歌鑑賞]    (「現代短歌大事典」より)
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  夕かげにおのれ揺れゐる羊歯の葉のひそやかにして山は暮れにけり

 東声の、もっとも知られる一首。羊歯(しだ)の微妙な揺れから山の全景への、つまりミクロからマクロへの一瞬の飛躍に注目したい。結句の字余りが、ゆったりとした調べにつながっている。(谷岡)

【写真】岡村龍昇氏
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