IE9ピン留め


  淡き濃き葉の重なりのもみじ葉はテントを通して色を伝えず


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■知事の「短歌」は、まだでしょか?

 と、知事の友人でもある四万十川新聞の編集長に聞いてみたら・・・

『知事の短歌は無理でしょう!まあ聞いてみますが・・・』との返事。その後、四万十川新聞社から、メールで送られてきたのが、この短歌です。

 知事が作ったものか、編集長が代筆したものかは、定かではありませんが、あえて聞かないことにして、知事発想の、四万十川黒尊渓谷での「もみじの影絵」の短歌として、四万十川百人一首に掲載させていただくことにしました。

 モノカラーの紅葉という、限りなく日本的風情のあるこの発想は、紛れもなく知事の詩的、短歌的アイディアであり、それを、57577に表記すると、このような作品になることは間違いないからです。

【写真】佐藤直子氏

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[プロフィール]

■もみじの影絵

 11月19日午前、四万十川の支流にあたる黒尊川で、人と自然との、共生モデル地区を立ち上げる協定に調印しましたが、その席で、自然との共生にふさわしい光景を目にしました。

 黒尊川は、四万十の支流の中でも、最も自然の残った地域ですので、住民の皆さんと一緒に、自然と人が共生する、モデル地区を作っていこうというのが、この日のテーマでした。

 ですから、協定書の調印とは言っても、そんなに堅苦しいものではなくて、会場も、紅葉の美しい橋のたもとに設けられた、仮設のテントの中でした。

 はっきりしない空模様でしたので、晴れ上がっていれば、紅葉ももっときれいだったろうと思いながら、何気なく、テントの中から上を見上げてみて、思わずはっとしました。

 というのも、周辺の木々からテントの上に散った落ち葉が、テントの幕を透かして、まるで影絵を見るような美しさなのです。

 地面に敷き詰めるように散った、桜の花びらやもみじの葉の美しさは、経験をしたことがありますが、このように、幕を通して落ち葉を見たのは初めてのことでした。

 紅葉の色彩の美しさはもちろんですが、モノカラーで見るもみじの葉などの造形も、限りなく日本的な風情で、もし歌心のある人なら、一首か一句浮かぶところだろうなと思いながら、自然の中の影絵を見続けていました。(橋本大二郎・高知県知事)

                 (ブログ:「大ちゃんぜよ」より)

探訪・『四万十の森』 黒尊

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[ひとくちメモ]

■某高知県庁職員による歌評(歌の意訳)

 時を得て、重力の恩寵により小枝から解きはなされたモミジ葉が、ハラハラと舞い降りて、いつの間にか、頭上のテントの上に数多く重なり合っている。

 華やかな色の見えないもどかしさに似た思いはあるものの、これはこれで墨絵のような趣があって良いものだ。かえって、色彩のイマジネ-ションが働くことよ・・・。

 一見地味な歌だが、落葉の華やかさを逆手にとっているのが、新鮮な感性を伝える。黒尊で詠ったという地名も効いているような・・・。(評者:匿名希望/現職の県庁職員)

◆ちなみに現職の高知県庁職員(2007.3.31現在)の【四万十川百人一首】は3首ある。

・秋元厚志  身体に余る自転車漕いで・・・
・片岡正法  ほのぼのと旭日をうけて・・・
・松本 誓  四万十川の春夏秋冬・・・
【写真】高知県庁(「高知県職員退職者会」会報より)

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[自然遺産]

■四万十川条例

 旅人となりて紅葉の下くぐる我より先に行く人もなし
 奥山の紅葉の径の先を行く人も無ければ後にもなし
                      (詠み人知らず)

黒尊川流域の人と自然が共生する地域づくり協定






  川に老い孫の好みの甘味に鮴を煮付ける父の小さき背


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■オヤジの背中

 川漁師の船頭さんであったか?川魚の漁をして年をとったおとうさんであろう。そのお父さんが孫のために孫の好みの甘みに鮴を煮付けてやっていると言う。

 お父さんの小さくなった背中を見つめている作者の愛情のよく出た歌で佳作。

 背中はすべてを物語る証のような歌である。(田所妙子)

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

■四万十川新聞社主

 四万十川新聞社主であり編集長でもある四万十太郎氏の本名は「西内燦夫」。西建設技術コンサルタント(有)代表、白藤園理事などの肩書きを持ちますが、西内燦夫氏といっても、地元でも余り知る人はいません。しかし、ペンネームの四万十太郎といえば、地元四万十川のみならず、日本的、世界的な超有名人で通っています。

 歌人としても知る人ぞ知る(知らない人は、全く知りませんが・・・)一流歌人で、新聞に投稿すれば、必ず入賞すると、太郎さんは豪語しています。(西内さんは、そんなこと・・・、と言葉を濁していますが、真実は如何なものでしょうか?)

 橋本知事は「趣味は?」と聞かれて「女房」と言ってはばかりません。西内さんの趣味は「四万十川」でしょうが、四万十太郎氏の趣味は「恋女房の花子」。

 吉永小百合より美しいという、その花子さんとのかけあいが、「太郎&花子の会話」として、毎日配信される四万十川新聞に満載されています。本文の記事より面白い!これだけを読んで満足!、という読者も多いとのこと。

 氏の歌の作風は「西内燦夫」と「四万十太郎」、即ち「真面目」と「面白」が交錯しています。従って「佳作」と「駄作」が糾える縄のように並立しているのが特徴です。

 氏が「短歌」を最初に詠んだのは、友人の奥さんの逝去の際の平成5年。その時に、友人の気持ちになって詠った歌が、氏の『代表歌』です。

  人逝けば星になるなら満天の星を皆くれ妻に会いたし

 止めとけばいいのに新聞に投稿し、運悪く?(西内)、当然の事ながら!(太郎)・・・入選して新聞に記載されました!

 この短歌を見た、知人、友人、家族の中で大騒ぎになり、花子さんが身罷ったのか!葬式は何時だ!家事が何も出来ない「やもめ太郎さん」の行く末は如何に・・・!等々、問い合わせが殺到し、「死んでない愛妻花子」に、こっぴどく叱られた…という罪を持つ四万十太郎氏の、いわく付きの代表歌。

 そんな四万十太郎氏の代表歌を「改心」した、西内燦夫氏の四万十川の代表歌が、『川に老い孫の好みの・・・』の一首。高知県を代表する女流歌人田所妙子氏に絶賛された四万十川の秀歌です。

 ちなみに、四万十太郎氏、及び四万十花子氏の「四万十川百人一首」は別立てで存在します。また、橋本知事の短歌の指南役という噂もあり、あれやこれやで、四万十川新聞社に端を発した「四万十川百人一首」の企画ですが、社主の西内燦夫氏だけが、四万十川一人数首(?)になってしまったのは、ご愛嬌。(山藤花)


◆四万十花子氏の【四万十川百人一首
◆四万十太郎氏の【四万十川百人一首

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[佳作鑑賞]  読売新聞「土佐文芸」より

  四万十の川面拡げるかの如く春一番が吹き渡り来る

■歌評

大河である四万十川の川面を吹く春の嵐をよくとらえている。広い川面をさらに拡げるかのようだという視点が一首を成した。吹き渡り来るの表現も的確である。(今井嘉彦選)

◆今井嘉彦氏の【四万十川百人一首



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[ひとくちメモ]

■四万十川新聞


 四万十太郎さんが主宰(編集長)する四万十川新聞は、メールによる日刊の本家版(元祖メールマガジン?)のほか、週刊、月刊、季刊など、様々な形で配達・配信されている。HP版(バックナンバー、古新聞とも言う)、ブログ版、エクセル版、写真集、週刊誌、壁新聞、などなど。

 その中で、ユニークなのが「四万十川新聞【日曜版】」というブログ版・週刊誌。文句なしの「サンディ四万十」、文化の香り高い「四万十の文芸・春秋」、衝撃の写真が満載の「ブログフォーカス:四万十川通信」が合体したような構成で、多くの読者に、『毎日が、日曜日なら!』、と言わしめている?(ホントかな・・・山藤花)

その、噂の四万十川新聞【日曜版】を、お届けします。

四万十川新聞【日曜版】




  君慕う藤のこころね知るごとく静かにあける四万十の朝 


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■初めて訪れた四万十市で、一条侯を慕う藤に寄せて…

 2月末に、所用で黒潮町に出かけ、その足で友人の住む中村に一泊しました。「友人」とは、四万十川通信の編集者&四万十川百人一首の編纂者「山藤花」さんであり、私の大学の同級生です。

 夕方になって、宿の近くの「ちか」という居酒屋で一杯やりました。酒は地元の「藤娘」、肴は地元名産の鰹のたたきや鯖寿司、それに坂本龍馬や故郷鹿児島の歌人吉井勇、一条侯のことなど、彼にしか聞けない四万十川の物語。

 そろそろ席も、お開きという時間になって「3月末には『四万十川百人一首』を完成させたい。ひとつ足りないが・・・如何?」と、詠み手の一人として、四万十川百人一首のお誘い。

 恥ずかしながら歌を詠むなど、この年齢になるまで経験のないこと。その手の素養も全くありませんので、慌てて、それだけは・・・と、お断りして店をあとにしました。

 翌朝早く「一条神社」まで散歩しました。ここは応仁の乱後、京都から中村に居を移し、この地域の文化・経済の礎を築いた一条一族を祀る社です。本殿に登る石段の脇には藤棚がありました。そこには、かつて一条侯が可愛がっていた藤があったということですが、目の前にあるのはその後継樹のようでした。

 朝の光に浮かぶ藤を眺めながら、前夜の話を思い出していました。「一条一族は中村から他所に離れざるを得なくなり、遠くへ移り住むことになった。すると一条候を慕っていた藤は悲しみのあまり花を咲かせなくなった。しかし後世になってここに社を建て一族の霊を手厚く祀ったところ、ふたたび花を咲かせ始めた・・・」というのです。

 いつの間にか、私は五、七、五…、と慣れない指を折っていました。あれほど固辞したのに、と昨夜のことを考えると、何だか自分でも摩訶不思議な気分でした。

 ということで「山藤花」さんと「藤娘」を飲み、翌朝、「一条候の藤」を見て、とうとう「四万十川百人一首」を書き記すことになりました。これは、私にとって、大切な思い出としていつまでも残る記念の歌となるでしょう。機会を与えてくれた友に感謝!です。

 彼は「四万十通信」や「寅次郎の『四万十川の大休日』」など8本ものブログを通して、地域の歴史や文化に関する話題、環境や森林を守る活動などの情報発信で大活躍中です。

 しかし、いよいよこの春で退職。「四万十川百人一首」の首尾良きことを祈りつつ、心から「長い間、ご苦労様でした。」とねぎらいの言葉をかけさせていただきます。

 今回の旅は、まったくの駆け足でした。いつの日か、藤の花の季節にでも、ゆっくりと四万十川を訪れて、四万十の豊かな自然や歴史、文化を、心から堪能してみたいと思います。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 鹿児島生まれ。
 緑化関係の公益法人に勤務。
【写真】中山義治氏(一条神社の藤棚)





  楝咲く頃と尋ねし四万十川の岸辺の木むらまさに咲きをり


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■せんだん

 「せんだん(栴檀)」は標準和名です。「おうち」は土佐の方言では なくて古語。昔、和歌などに使われていた表現(雅語)です。「おうち」は「楝」、「樗」と表記。

 かって、この木は四万十川中流域の窪川町(現四万十町)からずっと西土佐村(現四万十市)の江川崎まで四万十川沿いの街道に植えられていました。何のために植えられたのかは、旅人の休憩用(緑陰)のためとか、里程標代わりとか、諸説があります。

 その昔、四万十川沿いのせんだん並木を往来した旅人は、山脇哲臣氏が語っているとおり、「せんだん」の花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのか・・・、川面にこぼれた花粒はどこまで流れてゆくのか・・・、と思いながら、歩き続けたのでしょうか。

 「せんだん」は、春に紫色の花が咲くのですが、とても良い匂いがします。だから和歌にも詠われたものと思います。

 今は、切られて少なくなりましたが、学校の校庭には、せんだんの大木がよくありました。

【写真】溝渕幸三氏(四万十川のせんだん並木)

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[プロフィール]

大正14年南国市生まれ。
「海風」会員。

(今は亡き、母の短歌を、掲載していただき、ありがとうございました。母も、喜んでいることと思います。藤本さより氏/篠田福美氏の娘)

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[ひとくちメモ]

■土佐の国の「せんだん」

 土佐では、全ての道路に旅人のため、「せんだん」を植えていました。富田砕花は土佐路の印象を

  こごしかる北山越しに来し国の並木の道はせんだんの花

 と詠っています。

 小学校の校庭、街道並木に代表される土佐の国の「せんだん」。この花の風土の中で生まれ育った土佐の人々は「せんだん」に特別な愛着を懐いています。

 高知城の天守閣への登り口、板垣退助の銅像の脇に「せんだん」の大木があります。枝の広がりは、東へ15m、西へ4m、南へ9m、北へ8m、という。「せんだん」の巨木が多い土佐の国でも特に大きく、土佐の国の象徴とも言える「巨樹」です。

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[せんだん物語] 山脇哲臣氏著:「花想」より

■せんだん並木

   もしも吾五月の風となるならばせんだんの花こぼしつつ吹く

 センダンの果てることもない並木を、どこまでも歩き続けてゆくときは、わが身の周囲は目くるめく紫の花のさく裂ばかり。

 足はいつしか宙を踏んで、花の階段を上ってゆくとき、そんな花のさく裂の中で、人の現身(うつしみ)と、その想いは、花のさく裂とともに空中に散華し、やがて消え果ててしまうものだろうか。

 それにしても、センダンの花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのだろう。川面にこぼれた花粒は、どこまで流れてゆくのだろう。花の色の紫に染められた人の想いの果ては、どうなるのであろう。

【写真】岡村龍昇氏

◆小谷貞広氏の「ふるさと・小学校のせんだん

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

   四万十川の沖積土らしき豊饒土の岸近くまで秋菜播かれつ

 沖積土は河水が運搬して、しだいに沈積してできた土壌で肥沃である。その川岸近くまで秋菜が播かれていてよく実っている。つやつやした秋菜の柔らかい葉ぶりが見えてくるような風景がひらける。川は遠い昔から時間をかけて豊饒な実りを、そこに住む人たちに与えてきたのであった。(大滝)

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)





  浅緑・青・青藍と縞なして春の四万十川は海に出で行く


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■川の色

 四万十川の河口に生まれ育った私が、初めて見た川の色でした。水量と太陽光線と私とが、偶然出会ったのでしょう。

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]

 昭和20年生まれ。
 「個性」会員。
 スタジオ Shinco
(帽子製作と布フラワー教室)
 現住所:四万十市
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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回、第16回)より)

・中村市長賞


・土佐くろしお鉄道賞


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[自然遺産]

■四万十川の海老

  今我は異次元よりの侵入者ライト明かして海老掬いおり

 夏の夜、エビタマと懐中電灯を持って、四万十川に海老を捕りに行くのです。水の中に、ライトを明かすと海老の眼が光っている。海老の後ろに、そっとエビタメを入れて、素早く掬うのです。ご存じですか。逃げる時に、海老は後退することを。(岡添)

◆四万十川の海老の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

  コロニーは目の前の山か四万十川野鳥公園に二百余のサギ

 野鳥公園は中村(四万十)市八束にある。鷺の安住の営巣地は目の前の山なのだろう。二百羽余りもの大群が集まってきているから。5月から6月にかけて繁殖期を迎える壮観な眺めである。一口に鷺といっても白鷺・五位鷺などと種類も多いのであろう。小動物に対する作者の眼が優しい。(大滝) 

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)




  四万十川の源流といふ滝に来て岩ほとばしる水に会ひたり


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■故郷というものは良いもの・・・

 先日は、早速、小谷様の歌集をお送り頂き有難うございました。自然体での小谷様のおうたは、どれもすばらしいと思います。ゆっくりと読まさせて頂きます。

 あなた様と同郷(田野町)の出身とは、何かのご縁があったのか、びっくりしています。しかも、私の弟の嫁の実家が、八幡様をはさんで、お隣さんとは、さらにびっくり。

 私は、大正11年生まれですから、あなた様のお父様や、お母様と同年代ではないでしょうか?現在は高知市に住まいしていますが、父母のお参りに、実家にもときどき帰ります。古い家はこわして、新しくなっていますが、みかん畑などは、そのままで、やはり故郷というものは、どこにいてもよいものです。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正11年7月17日
安芸郡田野町生まれ。
平成11年7月17日(77歳)
「アララギ」を経て
「氷原」「海風」会員。
歌集に「樗の花」

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[歌集・樗の花]

■ふるさとは田野町

 土佐鶴の酒香る安田町の国道の橋を渡れば木の香せり田野町

 故郷の岡のなだりに佇ち見れば屋根より高く光る海原

 文旦と八朔積み込み戻りくる車にみかんの香りは満ちて


 徳弘久氏の故郷は田野町。「故郷の岡」というのは、大野の丘陵(大野台地)のことです。そこには、四万十川へ単身赴任していた山藤花氏の農園があり、文旦と八朔を軽四トラックに積み込みんで、大野の岡を行き来しています。

【水彩画】村上清氏(大野より羽根岬を望む)

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[代表歌鑑賞]     歌集「樗の花」より

  群がりて樗の花の咲く一樹むらさき濃きが空に揺れつつ

 木材の町、田野町で育ちましたが、高知市で暮らし始めて50年余りも過ぎました。樗の花は大好きです。四万十川の樗を詠んだ中村の篠田福美様は懐かしい人です。(徳弘)

◆篠田福美氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]


  中村の女はやさしと四万十の鉄橋塗装に夫は通ひき

 赤鉄橋の塗装のために通ってゆく夫。「中村の女はやさしい」と憎まれ口をたたいているのに、それを笑って送り出す妻。二人の間には無言の信頼の絆がしっかりと結ばれているゆえのユーモアになっている。塗装が仕上れば、また観光の目玉になる。(大滝)

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)






  青のりを採る人舟にいそしめる四万十川の空は冬晴れ


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■歌評(佐佐木幸綱氏)

 四万十川に見る冬の風物詩である。キーンと澄んだ空気、鮮明な影を水面に映す遠景の舟、深い静寂が明るい川の風景を包む。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和2年生まれ。
 本名誠夫。
 現住所:四万十市


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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回、第17回)より)

・中村ロータリークラブ賞


・土佐黒潮鉄道賞


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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

 かって故郷の盆踊りには、その地区の戦没者の遺影飾られ供物が供えられていた。30年ぶりに故郷に帰住し、地区の盂蘭盆会(うらぼんえ)に出掛けた。

 澄み切った夜空に四万十川を股ぐように銀河が架かり、戦死した兄をはじめ地区の戦没者がそこを渡っていく幻覚を見た。

 が、台風一過の晴れ渡った川面に、もう川漁をする舟を漕ぎ出した漁師がいる。赤銅色に焼けた筋骨は老いさえも見せず。(大滝) 




  たゆたひて海にゆくとも思ほえず身をかがめ見る春の四万十川


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■なべて春なり・・・

 もう十年あまり前のことである。

 小津高校(高知市)の国語科教員仲間が四万十川へ出掛けた。岸に菜の花の咲く四万十川は、たっぷり水をたたえて流れているようにも見えない。身を低くして見ると、川はいよいよ広く、更に豊な流れとなる。

 古希を迎えた今、出掛けて行っても「天地はなべて春なり四万十川のはるけき川面を雲動きゆく」という気分にひたることが出来るであろうか。

 この歌は私にとって、思い出の四万十川である。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和11年生まれ。
 高校教諭。
 「個性」「南国短歌」会員。
 現住所:高知市

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[代表歌鑑賞]        

■第9回上林暁忌短歌大会 特選

  あしたのため今日を生きにし若き日のあしたに老後の今日はなかりし

・上林暁氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

 秋が深まる頃、鮎が産卵のため川を下る。赤鉄橋の上流の通称小畑辺りが産卵の場所。

 その落ち鮎の喉をふさぐまで胎子の詰まったものが夕餉の皿に載る。「口開きたり」に何か喘ぐ程の切なさを見て、あわれさに胸を衝かれている。

 母性の揺らぎである。(大滝) 





  冬枯れの四万十川よりほのか流れ来る海苔の香やさし初春の朝


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■四万十川、冬の風物詩

 四万十川河口の私の家の前は、毎年青のり採りで賑います。

 中州の葦は枯れ枯れていますが、海苔の香りが初春のやさしい風にのって、あたり一面にただよってきます。

 ときに、白鷺佇む静かな川で、のり採りに励む里人たちの姿は、一幅の絵の如く、四万十川、冬の「風物詩」のひとつです。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正12年 東京生まれ
中村高等女学校卒業。主婦。
「やまなみ」会員。
現在は、四万十市在住。



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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

  しらす漁終りて川は静まりぬ漁火一つ波間に漂う

 白子はちりめん雑魚ともいわれ、「いさぎ」や「まいわし」「かたくちいわし」などの幼魚に、白魚や鮎の幼魚まで混じったものをいう。これを浜で干しあげたものを白子干(しらすぼし)という。

 その白子漁も終わり、波間に漁火の漂っているのが認められた。

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)




  梅雨時の四万十川を走る疲れ身にすずしく語る合歓の花風


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■営業マンの悲哀・・・

 梅雨の頃、四万十川沿いの道を、ひとり処もなく走る営業活動は疲れるもの。

 こういう日が続くと、身も心も重くなり、気力も萎えぐったりとなる。ハンドルを持つ手の疲れに車を止めて、歩いて沈下橋を渡ってみた。川沿いの合歓の花に癒される。

 雨がしとしと降る中、成果も出ず、ひとり寂しく、四万十川の道を走りつづける中年の営業マンの悲哀に、合歓の花風が、やさしく語りかける四万十川のサラリーマンの風景。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]
 昭和37年 いの町生まれ。
 Uターン後現在も いの町在住。

【所属グループ】
・焼畑による山おこしの会
・NPO土佐の森・救援隊
・194元気塾
・こうち元気者交流会
・スローフード高知
・わしの里元気村
・おおのたまらん田守(タッシュ)村
・いの町グリーンツーリズム研究会
・NPO高知龍馬の会

『自然の中で、皆と、楽しいことをしながら、酒を酌み交わすことが好きな男です。里山文化、自然の循環、美しき風景、田舎暮らし、酒、対話、田舎の魅力を発信していきたいですね』

【写真】重き荷を背負うて沈下橋を渡る。



  あおさのりのかをりのたちて食卓に家族それぞれ抱く四万十川


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■四万十川に心を残して・・・

 2006年9月高知に行った折り、どうしても都合がつかず、四万十川に心を残して帰ってきた。

 ある日、お土産のあおさのりを味噌汁にふわっと放して食卓に出すと、あおさのりの香がたって、家族がその香りの中に、たゆたっているような雰囲気になった。

 釣好きの夫は川魚の種類や魚影の濃さを、息子達は川遊びや、川沿いのドライブを、私は赤い鉄橋や沈下橋、朝霧にけむる川面のことを・・・

 そして何よりも、このあおさのりを育む清流に思いを馳せた。

 その日の食卓の話題は、当然のことながら家族それぞれの四万十川の風景を語り合った。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]  お便り

■私は「熾」の会員で・・・

 沖ななも代表から四万十川百人一首のことを伺い、応募いたします。

 なかなか四万十川には行くことはできないのですが、高知のお土産で四万十川の「あおさのり」を我が家の食卓に出したときに作った歌です。このような歌でもよいかしら・・・と思いつつ、四万十川の歌ということで応募させていただきます。よろしくお願い、いたします。(平賀)

◆沖ななも氏の【四万十川百人一首


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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第17回)より)

 国際ソロプチミスト幡多賞


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[ひとくちメモ]

■「熾」の会  代表:沖ななも

 私たちはなぜ歌をつくるのだろうか。人は、だれでも自己実現のために生きているといってもいい。そのために私たちは、歌という手段を選んだ。作歌という行為を通して自己を見つめ、よりよく生きるために歌を選んだ。

 私たちは、いまを生きている。二十一世紀というあたらしい世紀に入って早くも四年目に入った。世界では不穏な出来事が多発している。否応もなく日本もそれに巻き込まれ、そしてわたしたち個人のレベルでも、けして他人事ではない切実な問題になっている。

 そうした時代に私たちに何が出来るのか。大上段に構えるわけではない。人としてどう生きるか、人間とはなにかという根本的なことを考えながら歌い続けたい。

 ここに同志が集い、新しい集団を作った。ひとりひとりの力は大きくはないかもしれないが、互いに競いあい、励ましあい、磨きあげつつ、互いに高めあっていきたい。

 「熾」とは盛んに起こる火のことである。広辞苑には「燠」と並んで載っている。「燠」は、今の若い人たちにはわからないものだろう。むかし火鉢を使っていたころ、灰のなかに残って翌日の種火になったあの火である。私たちの心の中には、いつでも燠のような詩心が埋もれているはずだと思う。誰の心にも詩がある。それを大事に守りながら、いつか盛んに燃える火に育てたい。

 詩の心は、自動点火はかなわない。スイッチ一つで火がつくこともない。素朴な地味なそして真摯な行為で、じっくりと自分の心に火をつけなければならない。自然に起き上がってくる、火を欲する心を大切なものだと思う。

 作歌をするということは、ホームランを一本打てばいいということではない。さまざまな人生の中で、確かな着実な足跡を残していきたいと考えて、ここに「熾」を創刊するものである。(「熾の会」HPより)




  ゆうるりと流れ淀める四万十の淵の鰻よつつがなきかや


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■もう土佐を出て長い年月が経ちました・・・

 紅顔の美少年??だった小生も、はや古希を過ぎること4歳、いまや厚顔の否少年です。

 育ちは四万十市中村よりはずっと東、仁淀川に面したいの町波川です。小生の場合は仁淀川に育てられたようなものです。

 いま関東の都会にいて、やはり故郷の清流にはこころ惹かれます。神奈川県にも相模川や酒匂川のような川はありますが、とても清流と呼ぶほどのものではありません。土佐のような清流は関東では見ることができないのです。

 子供の頃は幡多というと、大変遠い所のように思ってました。戦争中でもありますし、行ったことがなかったのです。

 幸い壮年期には、仕事で何回か中村を訪れる機会がありました。高知の追手前高校時代の学友とも再会し、四万十川・足摺岬・入野の松原・大堂海岸などを経巡り歩きました。

 幡多地方のように美しい所は、日本中でも、そう多くはないと思います。そしてその中心に四万十川があるのですものね。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 無頼の経営コンサルタント(小規模企業の事業主さんのサポーター)

 話は飛びますが、故山原健二郎先生には旧制城東中学で国語を習いました。この旧制中学は新制追手前高校の前身です。

 小生の文学愛好の種は山原先生にあったのだと思っています。(寺田ゆたか)

◆山原健二郎氏の【四万十川百人一首

 また、その頃偶然に平井保喜(康三郎)先生の『平城山・九十九里浜』の楽譜を手に入れ、北見志保子という歌人をはじめて知りました。

「人恋ふはかなしきものと・・・」 「いにしへも夫に恋ひつつ・・・」など、かなしい歌だなぁとは思いつつ、歌曲そのものも愛唱したものです。

 当時は、彼女がどうゆう人かも知らず、その経歴等を知ったのは、ごく最近のことです。

 小生も長年土佐の地を恋いながら、色色な事情で帰れなかったこともあり、宿毛小学校にある北見志保子の歌碑は、小生の心に沁みる歌です。

  山川よ野よあたたかきふるさとよこゑあげて泣かむ長かりしかな

 この歌を読むと何時も泣けます。ま、小生の場合は、ふるさとの山ふるさとの川、というのは仁淀川と伊野の山々ですけどね。

◆北見志保子氏の【四万十川百人一首
土佐紀行・仁淀川編(四万十川通信)

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[代表歌鑑賞]        

 手攫めばかわゆき鋏ふり上げて鋏まむとする四万十の蝦
 四万十川(しまんと)の水面(みなも)に写る鉄橋の赤きが夢に揺れて目覚めき
 四万十川(しまんと)のゆたけき流れおもほえば亡き学友の声もきこゆる

■四万十川の四季

「春」 うらうらと春陽かげろひ橋をゆく二人へんろに川はほほえむ
「夏」 川下るカヌー楽(たぬ)しも沈下橋くぐれば冷やと風が吹きくる  
「秋」 秋あかね川面に群れて空の青日ごと深まる季(とき)をいとしむ 
「冬」 『藤娘』ぬるくあたため友を待つ川面に消ゆる雪眺めつつ 

 ◆『藤娘』の【四万十川百人一首

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[自然文化遺産]

■四万十川・川漁師の風景 しば浸け漁

 ◆四万十川・川漁師の風景(「四万十川通信」より)




  「おい急げ」水越え始む沈下橋児ら渡らせしあの日は遥か


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■大水が出て・・・

 昭和58年から61年度まで、西土佐村(現四万十市)本村小学校に勤務(教頭)していた頃の歌です。

 大水が出て、沈下橋がつかりそうになる前に、子ども達を急いで、対岸の中半家や峯半家へ帰らすのでした。

 濁流が橋桁に当たるようになると、気持ちの悪いものでした。水が橋の上を、すっーと越え始めると、ほんとうに焦ります。

 子ども達が渡り終えると、私は走って引き返すのでした。

 今は、立派な抜水橋が出来ております。あの、思い出の沈下橋は、今も残されています。車は通れませんが、人は渡れます。時々、遊びにいっております。(宮崎)

【写真】岡村龍昇氏

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[自然文化遺産]

■沈下橋の風景 おい急げ・・・

 ◆沈下橋の風景(「四万十川通信」より)

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第5回)より)

 中村南ロータリークラブ賞



 ◆四万十川物語(四万十川・あつよしの夏) 
   廃校になった旧西土佐村津野川小学校でのお話です。



  新緑の山影映す水鏡千々に砕きてカヌー漕ぎゆく


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■美しい水面を砕く

 若葉に彩られた山の影が四万十川の清流に映り、まるで水鏡のような風景を、若者の漕ぐカヌーがさざ波を立てやってきて、美しい水面を砕いて行ってしまった様子がとても印象深く、心に残りました。

【写真】岡村龍昇氏

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[自然文化遺産]

■カヌーの風景



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[代表歌鑑賞]      「四万十川歌碑の除幕式」より

■杉木立に和す

  雨に濡れし碧翠石を歌友と囲み師の歌碑が放つ気を感じゐつ
  四万十川讃る歌を刻みたる青石の寂びは杉木立に和す


除幕式&吟行詠(12.9.30)




  四万十川の水豊かなり海苔粗朶の緑深まり香りたちくる


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■朝夕の清冽な水の流れ

 四万十川のほとりに住み、朝夕の清冽な水の流れを眺めています。

 冬の時季は、川一面に海苔粗朶が作られ、日毎に緑が増し、よい香りがただよって来ます。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

大正10年生まれ。
「ハハキギ」を経て
「個性」「中村短歌」会員。
現住所:四万十市


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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

  台風の去りたる川に漁(すなど)ると舟漕ぐ老いの四肢の確かさ

 台風一過の晴れ渡った川面に、もう川漁をする舟を漕ぎ出した漁師がいる。赤銅色に焼けた筋骨は老いさえも見せずに四肢が張って・・・

  海苔養殖の時季となりたり川床に杭打つ女の軽き槌音

 いづれも、働く人への賛歌である。(大滝) 

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)




  四万十川の瀬音に混じり学童の声の聞こゆる土手の夕映え


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■四万十川の支流、仁井田川

 私の育ったのは窪川町(現在は四万十町)平串というところで、正確に言えば四万十川の支流、仁井田川が身近な川でした。

 父、母、祖母、4人の姉、家族みんなが肩を寄せ合いながら暮らした日々。仁井田川には赤い鉄橋があり、土讃線の鉄道が開通した時、家族は健在だっ た。隣のうちにも、その隣にも子供が沢山いて、もらい風呂など当たり前の時代だった。

 年長の男の子にくっついて田んぼや山を駆けずり回っていたこと。隣の兄ちゃんに鮒を素手で掴むコツを教わったり、蜆採りも泳ぎも一緒でした。冷えた身体を岩の窪みに当てて一休みしたこと。そんな仲間や家族はもう何処を探してもいません。

 古くて狭い我が家でしたが、もう帰る場所はない。窪川の町はずれに住む義兄の家が実家となってもう15年が過ぎました。

 四万十川本流の土手を歩いた夏のことでした。学童の声のする夕暮、あの仁井田の川へもう一度帰りたい、あの頃へ戻りたい、そんな一瞬の気持ちがいとおしくて詠んだ歌です。(逸見)

【写真】岡村龍昇氏

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[代表歌鑑賞]      「古いノート」より

  笹薮も釣りする人も靄のなか四万十の夏白く明けゆく



 古いノートから、四万十川の歌を、何首か抜き出してみました。(逸見)

  草覆う川辺につかむ鮒の腹きらりと夏の日を反らしたり
  おかっぱの髪ゆるるさま腹這いて見ていし川の橋崩おり
  石菖藻うねる四万十の清流に足を浸して息づくわれは
  沈下橋渡れば思う野辺送りの母の遺骨のコツりと鳴りしを
  菜の花の一面に咲く河川敷ふる里の川の流れ細まる




 夜店から抜け出してきた飴色の夕焼け背負う鼈甲蜻蛉(べっこうとんぼ)


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■鼈甲蜻蛉

 四万十川には10年以上前、旅行で出かけました。足摺岬や桂浜などといっしょにトンボ自然公園(四万十市具同)を訪れ、四万十川の自然の豊かさに感銘を受けた記憶があります。

 絶滅危惧種に指定されたベッコウトンボの実物はみたことがありませんが、四万十川の夕焼けにとても似合いそうだと思い作った歌です。

 この歌は、第13回四万十川短歌大会「土佐くろしお鉄道賞」を受賞しました。(岩本)

【写真】岡村龍昇氏

【写真】夕焼けの具同富士<高森山>
 トンボ自然公園(トンボ王国)は、この具同富士の麓にあります。

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[蜻蛉の短歌]   「四万十川短歌大会応募作品」より

  盆送り精霊蜻蛉は確かめて四万十川の群青に舞う

【写真】トンボ自然公園

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[自然文化遺産]

トンボ王国トンボ図鑑(「杉村光俊氏ブログ」より)

 1985年よりトンボ保護区として整備を始めて以来、トンボ王国では76種のトンボが確認されています。

【写真】ベッコウトンボ

【学名】Libellula angelina
【発見難易度】★★★★★(レベル5:きわめて難しい)
【全長】40~45mm
【成虫出現期】4月上旬~6月下旬、見頃:5月上旬~5月下旬
【生息場所】池田川中流下部および支流の背丈の高い抽水植物が茂る泥深い池など。

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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第13回)より)

 土佐くろしお鉄道賞





  動員に飛機を造りて胸を病めば生きよと捉へし四万十の碧(あお)は


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■学徒動員

 私は、戦時、学徒動員に参加したものとして、是非皆さんに、ご理解いただきたい一首です。
 
 戦時(昭和20年1月)、半田市(知多半島)に学徒動員として、15歳で参加し、彩雲(さいうん)という飛行機を中島飛行機製作所で製作しました。半田市は前年12月、東海道一帯M8という大地震に逢い、常に余震もあり、過酷な状況の中で、私は発病しました。病気のために友人で、亡くなった人もあり、現在も忘れることはできません。

 戦争で犠牲になった人々への鎮魂の思いと、いのち、平和の尊さについて、考えつづけております。

   動員時発病せしため帰高せんと浜木綿の浜に友らと別れし

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

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[プロフィール]

 公立小中学校教員勤務後退職。
 「雲珠」会員。
 現住所:高知市

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[代表歌鑑賞]      「短歌雑誌・雲珠」より

  アメリカより渡り来たりて増えつづくアワダチ草の黄群たくまし
  毒持つと恐れられつつゆさゆさと黄色たくまし空地を埋めぬ

 学徒動員で病み、帰郷する時に見たのは、純白の浜木綿。

 今、四万十川の河原にも、アメリカからやってきたというセイタカアワダチ草が、たくましく育っているという・・・






  亡き父が鰡釣りゐしはあのあたり四万十川は黄昏れてゆく


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■在りし日の父を偲んで・・・

 父は、早朝より四万十川での鰡釣りを楽しんでおりました。

 四万十川を見渡せる丘に立って、川舟で鰡釣りをしていた在りし日の父を偲んでいます。(溝渕英子・「雲珠」会員)

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

  「雲珠」同人。
  現住所:四万十市


[四万十川歌碑除幕式]にて

 同じ「雲珠」の縁をいただき集ひたる人みな旧知のごとくに親し


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[自然遺産]

■汽水


 亡父が鰡釣りをしていたあたりは河いっぱいを流れくだった淡水が、海水と交じり合うあう「汽水域」。汽水を詠んだ大滝貞一氏の歌がある。

  海に入るこの細き水塩分をいまだ持たざる蒼さに流るる

 幼い頃から現在まで、四万十川のそばに在って親しんできた私には、川水といえばその四万十川を指す。四国山地深く、不入山に源流を発した水は、途中320余の細流を含み集めて大河となり、日本で一番澄んで透明な美しい四万十川を形成する。四季折々の自然を濯ぎ映して、鮎・鮴・川蝦・鯔・鰻などの川魚を育て、196キロもの流程をくだる。もちろんこの間は淡水である。やがて流れはゆるやかに黒潮の土佐湾に流れ込むのであるが、大きく開けた河口付近は、まさに淡水と海水の交わるせめぎ合いの場所となる。(溝渕英子:「大滝貞一百歌」より)
【写真】四万十川の汽水域(河口付近)

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[代表歌鑑賞]      四万十川短歌大会(第11回・18回)より

・中村市長賞
 


・中村短歌会賞

 



  若き日は四万十の水とたわむれし水に癒され喜寿を生ききる


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■至福の時間

 木々に囲まれ、自然の中をゆったりと光ながら流れる四万十川です。

 今、人生の総仕上げの時期を迎えた私にとっては、生き来し方の反省、後悔は水に流して、ささやかな希望をしっかりと離さずに穏やかに過ごしていきたい、と思っています。(杉本幸子・「雲珠」会員)



【写真】岡村龍昇氏

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[代表歌鑑賞]      (「短歌雑誌・雲珠」より)

  父母も逝きてしまへりわれも今険しき道を歩みてをりぬ




  沈下橋三十余あると聞きつつ一つをくぐる丸き橋桁


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■四万十川吟行詠

 沈下橋をくぐりぬけると、上流からの漂流物がひっかからないように橋桁が丸くしてある。欄干もない。自然にやさしい人の心が滲んだ工夫といってよいのだろう。(大滝貞一「四万十川秀歌百選」より)

【写真】西内燦夫氏(四万十川新聞社)

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[プロフィール]

  昭和16年 山形県生まれ。
  「雲珠」同人。
  歌集『雀色の闇』 
  現住所:東京都葛飾区

[四万十川歌碑除幕式]

 遠々く来たりて除幕せる歌碑にふるへるほどの感激湧きぬ
 をやみなき雨に惨める碧石に歌の白文字浮き立つばかり

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[文化遺産]

■沈下橋

 橋桁が丸い沈下橋を造った・・・(橋詰寿男)
【写真】向山沈下橋(四万十町大正上岡)

◆橋詰寿男氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]







 四万十川の漁師の話し聞きてより川魚食べたし「話し食い」のわれは


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■四万十川短歌募集で・・・

 お誘いをうけましたが、なかなか、よい歌が作れません。

 大滝貞一先生著「四万十川秀歌百選」に載せて頂いたものと、「土佐女流俊英集」に取り上げていただいたもの、それに、最近の作2首を、「雲珠」から1首を、お送りしますので、よいのがあれば、のせて下さいませ。(森木)

  友に賜びし四万十川の川のりの香ばしき匂ひ家内(やうち)に満る

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和2年 香北町生まれ。
 「南国短歌」会員。
 「雲珠」同人。
 現在は、高知市在住。

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[代表歌鑑賞]        「土佐女流俊英集」より

 今一度四万十川を見に行かぬかと母を誘ふによう行かぬといふ


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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]


 サファイアは透きとおった青色鋼玉。その石のような色をした川中には、人に恵を与え続けるさまざまな魚が棲む。幻想美のような川の実態に心を遊ばせてみるのである。




  雨も佳し四万十川はわれらのみ花褪色のみづ舳先に分けて


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■四万十川吟行詠

 あいにく小雨が落ちてきた。雨の川遊びも雅趣がある。この広い四万十川には私達の船しかいない。

 ということは、この川の美しさを独占していることにもなるのだ。花褪色の水を舳先に分けて進む川船ともどもに。(大滝貞一「四万十川秀歌百選」より)

【写真】西内燦夫氏(四万十川新聞社)

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[プロフィール]

 昭和12年 静岡県生まれ。
 「雲珠」同人。
 現住所:東京都板橋区

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[ひとくちメモ]

■四万十川歌碑除幕式(平成12年9月30日/中村市・現四万十市川登)

  雨けぶる岸辺に建ちて清かりし歌碑は四万十川守る潔さ
  粛然と歌碑除幕式進むとき俄かに川岸の雨音の消ゆ

■四万十川吟行詠

 県内外の28名の雲珠同人による「四万十川吟行」は、大滝貞一氏の四万十川歌碑除幕式の後、小谷貞広氏のお世話により四万十川の2艘の屋形船に遊覧して行なわれたものです。この時、多くの四万十川秀歌が生まれています。

 なお、除幕式、吟行詠については、小谷貞広氏の【四万十川百人一首】を参照。

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]






  四万十の河畔を元気に登下校せし少女も今年85才


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■四万十川百人一首のお便り・・・、

 拝見いたしました。

 とても、とても、私ごときもののお受けできることではないと存じますが・・・五七五七七と型に入れることだけに必死な「うたよみ」です。勉強不足で、何もわからないまま、日が過ぎております。

 この程度のうたしか詠めない私ですので、ご了承のうえ、よろしくお取り計らいください。(小野川)

  広き河原駆けめぐりては遊びし子四万十川原のはく呼吸(いき)すいて
  四万十の濁流洗いゆく河岸に泣きわめく少女か白きのいばら

【写真】社団法人四万十市観光協会

【写真】武吉孝夫氏(「四万十川秀歌百選」より)


  いづこより集まりたるか四万十のみづと流れは渡海浄土か


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■雲珠の同人による「四万十川吟行詠」

大滝貞一先生の四万十川歌碑除幕式の折、大滝先生とともに、雲珠の同人による「四万十川吟行」を行いました。そのときに作ったものです。

 今年、再び、四万十川を訪れよう(四国遍路の旅)と思っていましたが、所要のためどうしても行く機会に恵まれませんでした。いづれ、訪れたいところです。(中山・電話にて[18.7.17])

【写真】岡村龍昇氏(初冬:写真集「自賛他賛」より)

[四万十川歌碑除幕式]

  四万十の水豊なる流れにて歌碑除幕とて雨も清めつ

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

(雲珠の同人による「四万十川吟行詠」より)

【写真】岡村龍昇氏




  けふよりは満天の星もうたはむか清流のほめ歌を持ちし川なり


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■清流のほめ歌

 雲珠主宰、大滝貞一先生の四万十川歌碑除幕式の時に詠んだ歌です。四万十川の碧の流れに歌碑が際立っていたことを思い出します。

 その大らかな流れに舟を浮かべ、美味しい料理をいただき、ひとときの雅びな愉しみを感じました。

 四万十川はこころ癒しの流れであってほしいと、願っております。

  水中に潜る幼なの水輪なる小さき足裏花弁のごとし

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)

【写真】四万十川歌碑除幕式(平成12年9月30日、中村市(現四万十市)川登)




  四万十の川面を撫でる蒼風に髪をすかせて源流めざす


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■望郷の歌を・・・

 故郷土佐を出てから、40年。老いるとともに、恋しさも募って参ります。今夜もその病に、とりつかれたのでしょう。拙い歌など、作っております。

  青海苔の餅ほほばりて屋形船四万十川ゆく櫂のしぶきよ

【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生)



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[ひとくちメモ]

■源流

 四万十川の源流は、「不入山」を源とする「中村川」(津野町船戸)、裏源流といわれている「北川川」(津野町郷)、それに四万十川の由来を意味する「四万川」(梼原町四万川)が、長らく「四万十川源流争い」をしました。しかし、川の延長、ダムの有無が決め手となり、現在は不入山を源流点とする「中村川」になったとされています。
    【写真】四万十川源流点(不入山・津野町船戸)




  船端に立ちて漁師が打つ網は扇と開き川面を覆う


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■静かな風景

 迫りくる山の紫と四万十川の豊かな水量に感動し、静かな風景の中で川漁師の網を張る姿を眼のあたりにして、詠みました。

 神戸大橋が出来て、その利便性から四国は近くなりました。これからも度々訪れたい処です。

 美しい自然を大切に後世に伝えて頂きたいと願っています。

  水澄みて紅葉浮べる四万十に翡翠の青川面に遊ぶ

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール] お便り

 貴兄のお仕事柄と四万十川にかけるご熱意のほど、充分に感じさせていただきました。短歌を詠み続けてはおりますが、なかなか上手にはなりませず、ただ、歌が好きだと、いうだけです。

 第9回四万十川短歌大会では、大会賞をいただきましたが、毎年、この大会が行われていることは、存じませんでした。

 かって、四国を一周しようと考え、数人で旅をしたことを、時々想いだしております。(三木)


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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第9回)より)

 大会賞




  初夏の光に透ける荒き瀬の石ことごとく遡上(さかのぼ)りゆく


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■母なる川

 母なる川ということばが、実感として身に滲みこんでいる私にとって、四万十川は特別な存在である。従って、短歌、俳句も四万十川がその対象となるのは自然のことといえよう。

 この愛の流れが時と共に荒廃してゆくのは、身を切られる思いである。

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

昭和3年生まれ。
教職(小学校長)を退職して川漁師。
四万十リバーマスター。
「大方短歌会」会員。
現住所:四万十市


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[代表歌鑑賞]    (四万十川短歌大会(第14回、19回)より)

・中村ロータリークラブ賞



・四万十市長賞



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[ひとくちメモ]

■四万十リバーマスター

 高知県西部、5市町を貫き流れる大河・四万十川。その延長は196kmと四国一の長さを誇り、今なお手つかずの自然が多く残ることから「日本最後の清流」と呼ばれ、毎年たくさんの観光・レジャー客が訪れます。その一方で、不運な事故にあったり、川に自分たちが遊んだ後のゴミを残していく人たちもいます。そこで、この流域で暮らす方々に「四万十リバーマスター」として、川遊びのポイント、ルール、危険な場所を教えたり、環境保全のアドバイスをしていただこうという制度がはじまりました。ふるさとを愛する人たちによって結成された「四万十リバーマスター」。四万十川を訪れたら、ぜひ声をかけてください。(HP「四万十川財団」より)

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

 火振漁は暗闇に松明などをともして行なう漁法で、焼網・夜振・夜焚きなどとも呼ぶ。その火振火もようやく果てて静けさの戻った川淀の上を五位鷺が鋭く鳴きながら渡ってゆく。赤鉄橋より十キロ上流の長瀞で。(大滝)





風うけて光りおのづから銀綸子(ぎんりんず)の波しぶかせる早瀬ひとところ


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■銀綸子

 川幅いっぱいに渡る涼風を受けて、早瀬になっているひとところが、おのずから銀綸子のような波をしぶかせて光っているのが見える。

 綸子は精錬された生糸の紋織り布地。浅瀬のせせらぎを彩色感覚で捉えた、美しい四万十川の風景である。

  四万十川は夕陽に映えて川みづの綾縞なさば火振漁とぞ恋ふ
  一瞬の宙花となりし投網を呑みて川面は錫箔にもどる


 この、四万十川の秀歌は、歌集「頚城野」の中の「三角笹綜」章に、「錫箔の川面」と小題された十七首中の巻頭歌である。

 「第一回四万十川短歌大会講師として、平成四年十月、高知県中村市に赴く。日本一の清流を短歌に託して後世に残さんとする企画なり。」と、詞書がつけられている。(「四万十川秀歌百選」(大滝貞一編著)より)

【写真】岡村龍昇氏

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[プロフィール]

 昭和10年9月新潟県生まれ。

 東洋大学文学部卒業。

 NHK教育放送関係の協会に入社、その後「博報堂」に移りトップ情報企業の幹部職業人として活躍。

 平成7年に次の歌を詠んで定年退職。
   ながつき尽のけふを節目にをはりたる長き勤めに自負して別る

 歌人としては、「果実」「古今」編集委員を経て「雲珠」を創刊主宰。現代歌人協会理事。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。明海大学講師。歌集に「同時の時間」「花火咲き」「彩月」など。

 「四万十川秀歌百選」編著

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■四万十川秀歌百選(題字・藤田紅子氏)  高知新聞社/1997.9.29

 四万十川秀歌百選の編著者、大滝貞一氏は平成4年から始った「四万十川短歌全国大会」の選者を第1回から、第10回まで連続して勤めている。

 今回の企画シリーズ「四万十川百人一首」のベースとなっている、「四万十川秀歌百選」を平成9年に発刊し、四万十川の短歌を世に知らしめた。

 毎年、秋に四万十市で開催される「四万十川短歌全国大会」には、選歌、講演、選評のためしばしば訪れ、悠久の四万十川を自身の眼で確かめ、また、心で感じ取り、彩色感覚で捉えた「四万十川の秀歌」を数多く詠んでいる。

 平成12年、「四万十川短歌全国大会」の関係者により、中村市川登の四万十川の川岸に歌碑が建立されている。

  四万十川は夕陽に映えて川みづの綾縞なさば火振漁とぞ恋ふ
  一瞬の宙花となりし投網を呑みて川面は錫箔にもどる

四万十川短歌全国大会
      【写真】大滝貞一氏:第9回四万十川短歌全国大会での講演(2000.9.30)

◆四万十川百人一首(題字・藤田紅子氏)  高知新聞社/2007.7.25


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[ひとくちメモ]

■四万十川歌碑  〔四万十川畔(四万十市川登)〕



   みずおくにすばやくはしる魚の背を透かせて四万十は澄みわたるなり

 平成12年9月30日に中村市(現四万十市)川登の四万十川畔に大滝貞一氏の歌碑が建立され、地元の雲珠の関係者をはじめ、全国から28名もの雲珠同人が集い、記念の除幕式が行なわれました。

 なお、この歌碑の歌の選定には裏話があります。はじめは大滝氏自身が四万十川秀歌百選とした「風うけて光りおのづから・・・」の歌になるはずでしたが、途中で変更され今の歌となりました。四万十川という言葉がないためといわれていますが、この四万十川の二首、どちらにしても四万十川を詠んだ歌としては素晴らしい歌です。こうした歌が歌碑として四万十川畔に建立できたのは、中村市の文化面でも大変プラスになったことと思われます。(小谷貞広)

◆四万十川歌碑除幕式

・石川正子氏

  張られたる幕は引かれて待ちゐたる師の歌碑美しく現われづる
  
  なつかしき師の筆跡のみづみづと石に刻まれ雨はげしくて

  自称せる「晴男」を返上なされませ雨に惨める碑もまたよろし

・中村あやめ氏

  雨けぶる佐田の沈下橋渡り行き師の歌碑目指す川添ひの道

  杉木立のしづくに濡るる師が歌碑の青石に白き文字は浮き立つ

・中村茂美氏

  四万十に師の歌碑建つと友どちの乗りたる列車視界に消えつ

小谷貞広氏
中山千恵子氏
安部巳佐子氏
飯塚智恵子氏
有井佐代子氏
加納 薫氏
白石多津子氏

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 除幕式の後、2艘の屋形船に遊覧しての、雲珠同人による「四万十川の吟行詠」が行なわれ、数多くの「四万十川の秀歌」が生まれています。

◆四万十川の吟行詠



・斎藤 洋子氏の【四万十川百人一首
・白石多津子氏の【四万十川百人一首
・中山千恵子氏の【四万十川百人一首
・安部巳佐子氏の【四万十川百人一首
・飯塚智恵子氏の【四万十川百人一首

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[代表歌鑑賞]        「現代短歌大事典」より

 ひとよりも激しき呼吸くりかへし満山の花は生命ととのへぬ(『枯野舟』)

■花の呼吸

 雪国の故郷への思いは、作者の原点である。厳しいやまぐにの花の呼吸が聞こえてくる。(高瀬一誌)

◆高瀬一誌氏の【四万十川百人一首

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[四万十川秀歌百選/大滝貞一]

  風うけて光りおのづから銀綸子(ぎんりんず)の波しぶかせる早瀬ひとところ


 歌は理屈ではないと言われる。その通りで一読すればすうっと頭に入ってくる歌、それに詩である以上リズムも大切だ。また読んでいて意味不明というか難解な言葉のあるのも困る。この「風うけて」の歌、二句目三句目とも字余りになっているが、一向に気にならないし、またリズムにも狂いがない。もしも結句「早瀬ひとところ」を「早瀬のところ」として七音にすると調子はよくなるかもしれないが、軽く流れて座りが悪くなる。歌で一番注意しなければならないのは結句である。

 叙景歌というのは一見やさしく見えて案外むずかしいものだ。ただ見たままを歌にすれば、ああそうですかといわれる平凡なただごと歌になってしまう。この歌の川瀬の光るさまを、「光りおのづから」と「波しぶかせる」と言い、またその光るさまを銀綸子(高級絹織物で綸子縮緬などがあり、高価なものである)に例えたのも、成功の一因ではなかろうか。まあなにはともあれ四万十川の瀬切りのさまを、こうまで簡潔にしかも美しく歌に詠んだのは、何といっても歌人の実力の業。何度読んでも四万十川の川瀬のせせらぎを、目の前に見ているような気になる。(小谷貞広:「大滝貞一百歌」より)

【写真】奈路広氏(「四万十川秀歌百選」より)
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